(早いなあ…。)

気がついたらもう二日目が終わりかけている。
旅行は楽しいし部屋は快適だし温泉も気持ちいいしご飯だっておいしいし…出来ることならもうちょっと長く泊まっていたかったなあ、なんて。
そんなことを思いながら歯を磨き終えたところで向こうの部屋から唸るような声がした。
何かあったのかなあと顔を出すと、布団の上で大の字になっているサッチさんがいて。

「あと一週間くらい泊まりてえー。」

あーだとかうーだとか。
渋る様子でごろごろと転がる姿が不意をついてかわいくて…ちょっと子どもみたいだなあと思ってしまう。
でもサッチさんも私と似たようなことを考えてたってことだよね。
…な、何か嬉しいかも。
私の視線に気がつくとサッチさんはゆっくりと起き上がって胡座を組んだあと、自分の膝を軽く叩いてみせた。

「おいで。」

さっきまでとは全然違う顔。
そんなに優しい声を出されたらどうしたって逆らえるはずもなくて、おずおずと距離を詰めた。
すぐ側まで来たところでサッチさんが両手を広げて、さらには期待一杯の目で見てくるから半ばやけになって体を預ける。
ぎゅっと包まれると同時に笑い声がして余計に恥ずかしい。

「さーて、あともうひとつだけお返しがあるんですが…」
「え?ま、まだあるんですか?」
「サッチさんを甘く見ないでください。そんじゃ最後はフィルちゃんに当ててもらおうかな。」

い、今までにもらったのでも十分すぎるくらいだっんだけど…でもこんなに用意してくれてたのはやっぱり嬉しいなあ。
上機嫌に笑う姿を見るに、最後のお返しは相当自信があるみたい。
サッチさんが最後にもってくるくらい自信があるお返しでしょ?うーんと…

「…食べ物、とか?」
「んー、確かにおれっぽいけどハズレ。あ、チョコ足りなかった?」
「!ち、違います!」

…もしかして私すっごい食べる女って思われたりした?ち、違うよね?そんなことないよね?
もうちょっとかわいい印象にしたい…。

「まあヒントなかったら分かりにくいか。んーと…朝あげたネックレスよりも軽いです。」
「ネックレスよりも軽い…」

となると…だいぶん絞られるよね。
あれよりも軽くて、食べ物じゃないものでしょ?
じゃあ大きさもそんなにないだろうし…

「で、重い。」
「へ?」
「さあがんばって当ててちょーだいな。」

軽くて…重い??
ど、どういうこと?重さが変化するってこと?

「もうひとつヒントいる?」
「ほ、ほしいです。」
「じゃあ…ネックレスよりも小さくて、でも大きい。これでどう?」

小さくて大きい?な、何で?これも大きさが変わるってこと??
サッチさんが出してくれるヒントは全く助けにならなくてむしろ混乱するばかり。
頭を抱えて考えてみても見当もつかなくて…悔しいけどお手上げだ。

「…降参です。」
「えー?わかんねえ?」
「だ、だってヒントがヒントになってないじゃないですか…。」
「そう?ぜひとも当ててほしかったんだけどなあ。じゃあ正解は…」

サッチさんはちょっと残念そうに笑って、それから勿体ぶるように間を置いた。
私も当てたかったけどなあ…結局答えって何なんだろう?

「お れ。」

ぱちんっと音まで聞こえてきそうなウインクを決めてみせるサッチさんにただただ言葉を失う。
い、いや、おれって、そんなまさか…。

「あ、正確にはおれからのキスね。」
「……」
「…フィルちゃん今『何言ってんのこいつ』とか思ってる?」
「!い、いえ…ひゃっ!?」

急に視界が反転して。
背中を受け止めてくれたのはふかふかの布団だったから少しも痛くなかったけど、そんなことよりこの状況だ。

「安心して。当てられなかったからあげないとか意地悪なことはしねえから。」

そ、そんなこと心配してません!
サッチさんはにやにやと楽しそうに私を見下ろしてくる。

「お、おかしいです、へん、へんですよ、」
「はいどうぞ?」
「だ、だって軽いのと小さいのはぎりぎりわからなくもないですけどその…こ、こっちの方が重くないし、大きくないし、」
「何で?」

まるで不思議そうに返されて逆に私が呆けていれば、その隙をついてサッチさんが体を倒して触れるだけのキスをしてきた。
わずかに体重がかけられ、視界はサッチさんでいっぱい。

「な。重くて大きいだろ?」

そう言ってサッチさんが満面の笑みを浮かべるけど私からは何も出てこなくて。
代わりに顔がどんどんと熱くなっていくのがわかる。

「納得できた?」
「そ、そんなのへりくつ」
「ホワイトデーは三倍返しだからな…よっしゃ、誠心誠意返させていただきますよ。」

慌てて抜け出そうとしたけど、それをいとも簡単に阻んだサッチさんは首をこきりと鳴らすのだった。
- ナノ -