「おかえりなさいませ。観光はいかがでしたか?」
「すごく楽しかったです!きれいだし良い所ですね。」

おみくじを引いてお団子を食べて…そのあとは気の向くままに町を歩いてお店巡り。
写真もたくさん撮ったし、思い出もお土産もいっぱいだ。
こんなに楽しかったのはサッチさんが一緒だったからなんだけど。

「違う季節にもまた来てみたいです。夏ってどうなんですか?」
「夏も良いですよ。夜には浴衣に下駄をはいてお出掛けになるのが楽しいかと。」

それ絶対楽しいやつだ…!
下駄をからころと鳴らして夜の街をサッチさんと歩く…想像するだけでもうずうずしてくる。

「あー、それずるいわ…。」
「ぜひどうぞ。」

鍵を渡してくれる仲居さんはくすくす笑ってる。
温泉っていうと私はつい冬を思い浮かべちゃうんだけどそういう楽しみ方もあるんだなあ。

ーー


「つかれたあー。」

荷物を置くなりごろんと大の字になるサッチさんの姿を見て、私も自分の家だったら同じことをやっていたかもしれないなあなんて。
ここじゃさすがにできないけど…その代わりふかふかの座椅子にお世話になる。

「ずっと歩いてましたもんね。お腹空いちゃいました。」
「おれもー。温泉あとにする?」
「そうですね、ゆっくり入りたいですし…。」

それに今から温泉に入ったらご飯の時間を過ぎちゃいそうだ。
くたくたになった体を休めながら今日の思い出話をしていれば、とんとんと戸を叩く音に続いてあの人の声が聞こえてきた。

「今日はどうだった?楽しめたかしら。」

青い髪はきれいにまとめ上げられていて見れば見るほど美人さんだなあと思う。
にこりと微笑む姿なんて私の方がどきどきしてしまいそうだ。

「そりゃもう。ありがとな。」
「ありがとうございました。良い所ばっかりですごく楽しかったです。」
「ふふ。お腹空いたでしょ、今夜はお鍋よ。」

やった…!
ここは魚もおいしいけど有名な地鶏をつかったお鍋も絶品なんだって。
きれいに盛りつけられた具材とお出汁のにおいが空のお腹を刺激してくる。

「アンタお酒付ける?」
「いーや、選んできたからいい。」

そう言ってサッチさんが引っ張り出してきたのは今日買ったばかりの地酒が一本。
そういえば変だと思ったんだ。
重いのに何で全部配送にしないんだろうって不思議だったんだけど…まさかこのためだったなんて。

「用意のいいことで。こっちは要る?」
「あー…じゃあひとつ。」

ベイさんが渡したのは私の手のひらにちょこんと乗るくらいの小さな小さな陶器のコップで…名前はおちょこ。
でも買ってきたお酒とのサイズが合ってないような気がするだけど…うん、きっとそれは気にしちゃだめなんだ。

「サンキュ。」
「また来るから好きにやってて。はー…アンタがお客だと楽でいいわ。」
「おいこら本音でてんぞ。」
「あらごめんなさい。…それじゃあね。」
「は、はい。ありがとうございます。」

サッチさんはすごく優しいけど…マルコさんやエースたち、それにベイさんと話しているときのような砕けた姿は私に対しては見せてくれなくて。
羨ましいって思うのは贅沢なのかな…。
ぼんやりとそんなことを思いながら待つこと数分、蓋から勢いよく湯気が出てきたのを見て思考をリセット。
こんなこと考えちゃうのはお腹が空いてるからだ。

「そろそろいけそうかな、…フィルちゃん飲む?」

すっと差し出されたのはさっき頼んでいたコップ。
てっきりサッチさんが使うんだと思っていたけどどうやら私用だったみたい。

「飲みやすいの選んだつもりだし…ちょっとだけ、な?」

日本酒はまだ経験がないし抵抗がないわけじゃない。
でもせっかくサッチさんと一緒のものを飲めるし…ほんの少しだけどサッチさんの特別でいられるような気がして。

「…そ、それじゃあ少しだけ。」

受け取りながらそう返すとサッチさんは嬉しそうに笑ってお酒を注いでくれる。
お返しにと私がお酌をしたのはガラスのコップ。
その後、大きさの違うコップがこつんと音を立てた。
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