「あ、やっぱそっちにしたんだ。」
「はい。アキこっちの色の方が好きかなって…。」

お土産を選ぶのも旅行の楽しみのひとつ。
おいしいものを買って帰ることも重要だけど、何か残るものを選びたいなっていう気持ちもあるんだ。
でもいざ自分のを選ぶってなると迷っちゃって…結局買うまで行かないんだよね。

「そっか。フィルちゃんは?」
「そ、それが自分用ってなると決めきれなくて。だって全部かわいいし…。」
「くくっ。まあ土産買うとこならまだいっぱいあるしな。」

そ、そうだよね、今からいくところにだっていっぱいあるだろうし旅館の中とか近くにもお土産屋さんあったもん。
ここもここでかわいかったけど…友だちの分を買えただけでもよしとしよう。

「…あ、」
「どうしました?」
「ちょっとトイレ行ってくる。すぐ戻るから外で待ってて。」
「はい。」

お昼過ぎにもなると通りは観光客でいっぱい。
入り口近くで待ってると他の人の迷惑になるからちょっと外れたところで待機だ。
ええと、このあとはバスに乗って大きな神社のあるところに行って、お参りしたら近くにある評判の甘味屋さんでお茶して…

「お嬢ちゃん」

ふと近くから声が聞こえて。
きょろきょろと辺りを見渡してもそれに当てはまる女の人は私しかいない。
そこでもう一度呼ばれたので振り返ってみて固まった。

「ちょっといい?オジサン怪しい人じゃないから。」
「は、はい…。」

怪しい、絶対怪しい。
見上げるほどのひょろりと長い背丈に視線の見えない丸い黒のサングラス、無精髭が生えていて少し大きめのリュックと服装がまるで浪放者みたいだし、軽い口調はつかみ所がなくて…見れば見るほど怪しさを感じる。

「バス乗り場ってどこかわかる?オジサンここに行きたいの。」

内心びくびくしながら待っているとその人はメモ用紙を見せてきて、そのあと辺りをぐるりと見渡した。
…あ、この人も私たちと一緒だ。

「この大通りをまっすぐで着きますよ。だいたい十分くらいは歩いたと思いますけど…。」
「悪いねェ、助かっちゃった。あともうひとつ訊きたいことがあるんだけど…」
「何ですか?」
「…お連れさんとはどういう関係かな?」

一切の抑揚が消えた声に、サングラスの奥の瞳が私をじっと捉える。
視線を外したいのに体が言うことを聞いてくれない。
何で?ずっと見られてた?どうしてそんなことを訊く必要が?
急に息苦しくなって心臓がどくどくと音を立てる。

「…あの、それって」
「誰だてめェ」

瞬間私とその人の間に割り込んできたのはサッチさんだった。
サッチさんは今まで見たこともないくらいに敵意を剥き出しにしていて、その普段との変わりようは声をかけるのも躊躇ってしまうほど。

「誰だって聞いてんだよ、さっさと…って、はあ!?」
「あらら、バレちゃった。」

先ほどとは一変。
今度は驚いたように口を開閉させるサッチさんと、その言葉とは逆に残念がる様子なんて欠片もなさそうなその人ががしがしと頭を掻く。
な…何?サッチさんの知り合いの人?

「おま、何でこんなとこに、」
「おたくと一緒だよ、多分。…お嬢ちゃんありがとね、それじゃ。」

私に向けてひらりと手を振ってその人が離れていった…かと思えばその数歩先で立ち止まると私とサッチさんを交互に見始めて。
さっきみたいに怖さはないんだけど…と、とりあえず私の隣の人が非常にイライラしているので止めてほしい。

「…ふーん、ああそうなの、へー、」
「さっさとどっか行け!」

額に青筋をつくったサッチさんが追い立てると、その人はやれやれといった様子で背を向け歩きだした。
こんなに一方的な態度をとるサッチさんも珍しい。

「…あの、」
「……ん。」
「さっきの人ってお知り合」
「おれのお知り合いにあんな不審者はいません。」

ぜ、絶対知り合いだ…。
話とかしなくてよかったのかなあ、本気で嫌ってる感じはしなかったしむしろ仲が良いんだろうなって思ったくらいなんだけど…。

「…サッチさん、」

なのにすぐ別れたのって…やっぱり私がいたから?

「ん?」
「嫌…でしたか?あの人私たちのこと気づいてたみたいですし…」
「…それどういう意味?」
「…彼女が私だって思われるから、その…」

続きを言おうとすればその前にぺし、と頭を軽く叩かれて。
今まで冗談でもそんなことをされたことがなかったためびっくりして顔を上げると、サッチさんは身体中の空気を全部吐き出すくらいに長いため息をついている。

「どーやったらそういう風に…ああもう、旅館戻ったらおれについてきっちり教育し直してあげるから覚悟しとくように。で、あいつとは仕事でちょっとばかし関係がある、そんだけ。それより、」

…それってつまり心配しなくていいってこと?
矢継ぎ早に喋る姿をぽかんと見ていると、サッチさんは鞄の中を探ったあと何か小さな物を取り出した。

「他のやつより見てた気がしたんだけど…違った?」

差し出されたのは青い装飾が施されたガラスがついているヘアゴム。
さっきのお土産屋さんで買おうかどうか密かに迷っていた物だ。

「サッチさん、」
「あげる。まあこれもお返しってことで。」

そう言うとサッチさんは袋からそれを取り出して私の腕に通してくれて。
しどろもどろになりながらお礼をいうと、サッチさんは返事をする代わりに手をつないできた。
その手は大きくてあったかくて…たったそれだけで私から言葉を奪う。

「じゃ、行こっか。」

笑顔のままくん、と腕を引っ張られ慌てて距離を詰めた。
…あの人の目的地が私たちの宿泊先だということについては黙っておこう。
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