楽しみなイベントがある日は朝早く目が覚める、そんなことありませんか?
私はまさにそのタイプ。
早起きするといいことがあるなんて言うけど…今はそれをこれでもかと実感している最中なのです。

(サッチさんが寝てる…!)

どどどうしよう!サッチさんの寝顔!!
はらりと顔に流れる茶色の髪に閉じられた目。
微かに聞こえる小さな寝息も合わさって…これ以上ないくらい目が覚めた。
静かに眠るサッチさんは格好いいというかきれいというか、ひょっとすると幼くてかわいいというか…と、とにかくずっと見ていたいくらいにどきどきする。

(……あれ?)

もしかして…今なら写真撮れる?
ちょっとした罪悪感と、でもどんどんと膨らむ好奇心。
一緒にいるときに写真を撮りたいだなんて恥ずかしくて言えないけど…今なら、音を消してこっそり撮ればもしかして。

(…う、うん、まだ寝てる。)

そーっと、そーっと。
細心の注意を払って枕付近にあるはずの携帯を手探りで探す。
目をそらしてる間に起きちゃったら困るもんね。
えーっと、確かこの辺りに…

「…ん、」
(!!)

心臓が飛び出るかと思うくらい。
かつてない素早さで腕を引っ込めたあとはばくばくと鳴る心臓を押さえながら目の前に全意識を注ぐ。
私の予感は正しくて、そこから十秒と経たないうちにゆっくりと開いた目が私を映した。

「……ぉはよ。」
「……おはようございます、」

ほとんどが息だけで、起きたばかりの声。
私の返事を受けるとそのまま瞼が閉じていった。
もしかして眠っちゃった…?
そう思いかけたところでまたたっぷりと時間をかけて目が開く。

「起こしてくれていいのに。…ずっと起きてた?」
「い、いえ、私もさっき起きたところで…」
「そっか。」

それから二、三度ゆったりとまばたきをしたところでようやくサッチさんに表情が付いてきた。
とはいっても微笑んでいるかどうかといったくらいだし…まだまだ眠そうな気がする。
サッチさんって…朝弱い?それとも昨日あまり眠れなかったのかなあ?

「…朝風呂、しよっか。」
「…まだ眠いですか?もう少し寝てからでも…」
「んーん、…だいじょーぶ。」

ーー


「はー、いい朝だ。」
「ですね。」

気持ちいい朝日を温泉で迎えたあとは大きな部屋でバイキング形式の朝御飯。
たくさん種類があるしバイキングは好きなんだけど…ついつい食べ過ぎちゃうから気を付けないとね。
サッチさんもばっちり目が覚めたみたいで、今はコーヒーを飲みながら窓から見える景色を楽しんでいる。

「あ、そうだ。フィルちゃん手出して。」
「え?」
「手。」

お茶の入ったコップを置いて言われたままに手を出す。
反対、と言われたので手のひらを上にするとサッチさんは小さな瓶を乗せてきた。
淡い水色のガラスの中には色とりどりのかわいらしい飴。

「今日は何の日でしょう。」
「…ホワイトデー…です。」

そう、旅行の二日目はサッチさんが指定してきた日…つまりはあのイベントの日だ。
思い出して目をそらすと、サッチさんはいつもの調子で満足げに笑う。

「正解。それ、ひとつめのお返しな。」
「ひとつめ?」
「ひとつめ。今日一日かけてお返しするからよろしく。」

瓶が入っていたらしい紙袋を渡しながら平然とそんなことを言われて。
すごくがんばるとは言ってたけど…う、うん、今日は大変な一日になる気がする。

「お返しにも意味があるの知ってる?」
「は、はい。なんとなくですけど。確かマシュマロはだめだったような…。」
「そ。まああってないようなモンだけど…マシュマロは『嫌い』、クッキーは『友だち』、マカロンは『特別な人』…だったかな?」
「…じゃあ飴は?」

流れでつい訊いてしまったけど。
私がはっとしたのと同時にサッチさんはかたりと席を立つ。

「戻ってきたら答え合わせしよっか。」

それだけ言うとサッチさんはさっさとデザートを取りに行ってしまって。
私はサッチさんが戻ってくるまでの短い時間でこの赤くなった顔を何とかできるんだろうか。
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