(あ!ナマエおせーぞ!)

お店に駆け込んだ私を一番に見つけたのは、入り口近くで唐揚げを食べようとしている一年先輩のエースさんだった。
久しぶりに全力疾走なんかしたせいで酸欠状態もいいところだけど、今はそんなことも言っていられないので乱れた息を無理矢理調える。

(す、すいません…!)
(おれらじゃなくて主役に謝れ!それから言うこと言ってこいよ!)

力一杯うなずいたあと、鞄から鏡を取りだし素早く髪を直す。
だってあの人の目の前に行くんだからほんの少しでもかわいくみせたいんです…!
直し終わればすぐに移動。
他の人の迷惑にならない程度に、でも急いでその人のもとへと駆け寄った。

「マ、マルコさん!」

私のバイト先はお昼はカフェ、夜はバーをやっているお店。
マルコさんはここの店長で今日が誕生日なため、お店をお昼で切り上げ夜からはスタッフ全員でお祝いをしていたというわけだ。
スタッフ専用のギャルソンの制服が今日も似合いすぎているマルコさんは椅子に座って足を組んでいて、私の声ににやりと笑う。
ああもう、今日も格好いいなあ…。

「こんな日に遅れてすいません…!」
「大学だったんだろい。んなことより他、言うことねえのかよい。」
「誕生日おめでとうございます!」
「おう。おれからだ、いっとけ。」

遅れたこと絶対根に持ってるじゃないですか…!
ジョッキに並々と注がれたビールを差し出され、断れるはずもないので意を決してぐいと傾ける。
…あ、やっぱりだめだこの味。
渋い顔を見たマルコさんはくつくつと笑いながら私と同じものを空にしているからすごいなあと思う。

「何だよい、おれからの酒が飲めねえのか。」
「!だ、だって私ビール苦手なんですもん…。」
「仕方ねえな…貸せよい。」
「あっ」

一向に減らない私のものを見たマルコさんがひょいとジョッキを奪うと、そのまま一気飲みを始めてしまって。
あっという間に減っていくそれと鳴る喉の音にどきどきとして思わず目を奪われる。
ごとりとテーブルに置かれた空のジョッキに、いつの間にか見ていたらしい周りからの拍手が聞こえてきた。
それを特に気にする様子もなくマルコさんが立ち上がる。

「走ってきたんだろい、ありがとな。」

私の横を通る際にそんなことをささやいてきて。
しかも頭まで撫でてくるから女性客人気ナンバーワンの名は伊達じゃないことを実感する。
あーもう!マルコさん本当格好いいんだから…!

「おらサッチ、ナマエも来たし早くケーキ持ってこいよい。」
「おま…サプライズさせる気ねえのかよ!?つーかそこは出てくるまで大人しく待ってるもんだろ!」

サッチさんはこの店で調理場を担当している人だ。
いつもクールで格好いいマルコさんをあの手この手で驚かそうとするんだけど…でも私が見ている限りではマルコさんに勝てたことは一度もない。

「いいからさっさと持ってこいよい。早く食いてえ。」
「はいはい、お望みとあらば。」

ケーキが来ればもう一度みんなでお祝い。
会は日付が変わる頃まで続いたんだ。
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