「おかえりなさい。」
家に帰るとナマエがいるという生活にやっと慣れてきた気がする。
ナマエとは二ヶ月ほど前から同棲をしていて、来月には式を挙げる予定だ。
家が変わったり式の段取りで落ち着かない日が続いているが、それでも毎日にこれ以上ない満足感を感じているのはナマエがすぐそばにいるからだと思う。
ぱたぱたとスリッパを鳴らすエプロン姿のナマエはいつにも増して嬉しそうな気がしなくもない。
「ああ。…うまそうなにおいがするな。」
「今日は特別がんばっちゃいましたから楽しみにしててください。…ふふ、」
靴を脱いで家に上がろうとすればくすくすと笑い声が降ってくる。
立ち上がってからどうしたと問うとナマエは緩んだ頬をそのままにおれを見上げた。
「荷物、たくさんだなあって。」
「あー…」
おれが持ち帰った大きめのふたつの紙袋には丁寧に包装されていたものがいくつも入っている。
大小様々なそれは全て会社で貰ったものだ。
「…まああとで一緒に見るかよい。」
「はい。…さ、ご飯にしましょ!」
ーー
ー
同棲するまでは毎年外だったから誰かの手料理で祝ってもらうなんて本当に久しぶりだった。
それに自分たちだけの空間で何も気にせずゆったりと出来るのは家にいるからこそだと思うし、おれにはこっちの方が合っているのかもしれないなと思う。
今はナマエ手作りの小さめのケーキを食べながらおれが会社でもらってきた物を広げている最中だ。
「これは?」
「そりゃイゾウからだ。滅多に手に入らねえって言ってたよい。」
「とっておきですね。じゃあこれは?」
「それは…エースからだな。目の疲れがとれるらしい。…いつも疲れてそうだからって言われたよい。」
途中ナマエからはないのかと少し冗談混じりに催促してみれば、今日一番最後の楽しみにと寝室に隠してきたと返されて。
自信たっぷりににこにこと笑うので、もらう側のおれよりも楽しそうだなと思いながらそれじゃあと期待しつつその時をおとなしく待つことにした。
「…わ、かわいい!」
そう言ってナマエが木箱から取り出したのは手のひらに乗るほどの瓶。
透明感のある黄色の中身に、外はピンクのリボンやらオレンジの装飾などで可愛らしく飾り付けてある。
「ああ、そりゃあベイからだよい。家で使えって言われたんだが…」
そういえば用途については聞いていなかったな。
まあベイがくれるものは毎年美容系のものだし今回もきっとそうなんだろう。
去年は確か加湿器で、その前は…
「マルコさん、せっかくですし今日使ってみませんか?」
「?別にかまわねえが…結局何に使うもんなんだよい。」
「バブルバスですよ、これ。」
「バ…」
バブル、バス。
直訳すると…泡、風呂。
その言葉から先を想像してしまってぴたりと動きが止まったおれに気づかず、ナマエは付属していた説明書を嬉しそうに読んでいる。
「これで泡風呂がつくれちゃうんです。…いいにおい、はちみつかなあ。」
「…お、おい、」
「私泡風呂って初めてです。マルコさんは?」
「いや、おれも入ったことねえが…」
「じゃあお互い初体験ですね!」
別に一緒に入ることが決まっているわけじゃなく風呂は大抵別々だ。
だが今回、泡風呂と聞いて一緒に入る前提で事を考えてしまったのは仕方ないと思ってほしい。
惚れた女と、さらに言えば将来を約束している女に泡風呂だぞ、そういう方向に考えないというほうがおかしい。
「一回入ってみたかったんですけど…ふふ、楽しみだなあ。」
いそいそと瓶を机に置くナマエを見ながら、おれは普段の流れで事を考えようと必死になるのだった。