「すごいですね…。」

この船にお世話になってから何度も誕生日を祝う宴会に参加させてもらったけど…今回のものは一段と特別な気がする。
お祭り騒ぎにも近い賑わいを感じてぽつりと呟けば左隣にいるエースさんはお肉を頬張りながら、反対側のハルタさんはお酒を飲みながら振り向いた。

「そりゃあ何てったってマルコは一番隊の隊長だしこの船のNo.2だからな。」
「ナマエはもう言いに行った?」
「いえ、まだなんです。いつ行こうかなって…。」
「まあもう少し落ち着いてからの方がいいよ。今行くと巻き込まれちゃうから。」
「はい。」

この船の人たちは何事にも全力みたい。
楽しいことは特にそう。
今日の主役…マルコさんのもとにたくさんの人が押し掛けてお祝いの言葉を贈ったりプレゼントを渡したり…さらにはお酒をかけたりしている。

「あ、そうだ。」

ハルタさんが思い出したように声を出して。
振り向けば新しいお酒を開けているところで、果物のような甘くて深い香りがふわりと漂う。

「誕生日のときってナマエたちはどうやってお祝いしてた?」
「え?よく覚えてはないですけど…でもみなさんと変わらないと思いますよ?おめでとうって伝えてプレゼント渡したり集まってお祝いしたり…。」

頼りない記憶を遡るとうっすらと思い出すのは誕生日ケーキにプレゼント、それにたくさんのお祝いの言葉。
ここまで大規模じゃないけれど…お祝いの仕方はそれほど違いがないような気がする。
すると今度はエースさんが口一杯に詰めた食べ物をごくんと飲み込んで。

「そうか。じゃあナマエ、キスはするか?」
「キ、キスですか?」

予想もしていなかった言葉が出てきてつい戸惑ってしまう。
思わず聞き返すとエースさんはそうだと至極真面目な顔をするから冗談で言っているつもりはないみたい。

「おれたち人間の世界じゃそれもするんだ。感謝とか大切だって気持ちも込めてな。知らなかったか?」
「は、はい。じゃあ…おふたりもマルコさんに?」
「もちろん。ほら、今やってるでしょ?」

指し示された方を見ると、目一杯の抱擁を受けながら頬にキスをされているマルコさんの姿。
そ、そうなんだ…こっちの人たちは表現に積極的なんだなあ。
少し驚きつつその様子を見ていればマルコさんは眉間にしわを寄せて何か叫んでいる。

「…でもマルコさん怒ってるような…」
「ああ、あれは照れ隠しだって。ほら、マルコもいい歳だし。」
「…私も蹴られますか?」
「それはねえって。あいつら一番隊だしじゃれてんだよ。それにナマエからならマルコ絶対喜ぶと思うぜ。」

そういえばサッチさんも他の人もマルコさんをからかったときはよく同じ目にあっていた気がする。
でも本気で怒ったりはしないし…ふたりの言う通りあれがマルコさんの普通なのかもしれない。

「あ、ナマエそろそろいいんじゃない?行ってきなよ。」
「したあとは普段思ってることとかそういうの言ってやるといいぞ!」
「わかりました、ありがとうございます。」

…返事をしたはいいものの。
サッチさんとはそういうことをするようになったけれど別の人…それもマルコさんにするとなると少し恥ずかしいなあ。
でも頬にすればいいんだし、それにたくさんお世話になってるマルコさんのお祝いだからいっぱい感謝の気持ちを伝えたいなと思う。
何て言おうかなあと考えながら近くへ行くと、気づいたみなさんが道を開けてくれたのでお礼を言いつつマルコさんのもとへ向かった。

「マルコさん」
「悪いなナマエ、顔出そうにも次々来るからろくに動けもしねえし…」

苦笑いするマルコさんはちょっとくたびれた様子で。
でも嬉しいんだろうなとわかるのはマルコさんの表情がやわらかくて、いつもならぴんと気を張っているそれも今ばかりは感じられないからだと思う。

「今日はマルコさんのためのお祝いなんですから動かなくていいんですよ。…お誕生日おめでとうございます。」
「ああ。」

照れたように表情を崩すマルコさんはきっと誰から見ても幸せそうで。
いつも前に立ってこの船のために動いているマルコさんだからこそ、こんな顔をしてくれることに嬉しさを感じる。
…でも、問題はここから。

「…あ、あの、少し屈んでもらえませんか?」
「?かまわねえが…こうかよい。」

…ああそうか、ここの人たちはみんな背が高いからこうしなくても届くんだ。
ハルタさんはそうじゃないけど…でもハルタさんは身軽だからぴょんと飛んでしたんだろうな。
もう慣れてしまったことなのかこれといって構える様子のないマルコさんを前にどきどきと緊張しながらもそっと両肩に手を置く。

「ナマエ?どうし…」

少しだけ背伸びをして。
私じゃ飲めないような強めのお酒のにおいにくらりとしそうになるけど、息を止めて頬に顔を近づけた。
お祝いだとはわかっているのにやっぱり恥ずかしくて、触れていたのはほんの一瞬だけ。

「…お、おい、ナマエ、な、ななな」

置いていた手を放してマルコさんに向き直ると、マルコさんは顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくとさせていて。
こんな反応をされると思ってはいなくて…な、何だか私まで顔が赤くなってきた気がする。

「マルコさん、私マルコさんに出会えて本当に良かったと思っています。優しくて強くて、この船のことが大好きで…すごく素敵だなって思います。それに私のこともたくさん気にかけてくれて本当に感謝してるんです。あの、でもマルコさんにはもう少し自分のことも大事にしてほしいなって思ってて。無理をして倒れでもしたらみなさんも…もちろん私も心配になりますから。」

言いたいことがたくさんあって上手くまとまっていないかもしれないけれど、少しでも気持ちが伝わればいいなと思って。
話し終わると周りのみなさんから拍手だったり盛り上げる声が聞こえてきたので恥ずかしくなりながらもマルコさんに視線を戻せば、マルコさんは今だ顔を真っ赤にしたまま反応のひとつすら無い。

「あの、マルコさ…きゃっ!?」

声をかけようとしたところで体が浮いて。
それと同時に私を安心させてくれるにおいがしたので顔を上げれば、そこにいたのはやっぱりサッチさんだった。
サッチさんはにっこりと笑ってはいるけれど…で、でも少し怒ってるような気がするのは何でだろう。

「ナマエ?ちょーっとだいぶんかなり話したいことがあるからおれの部屋行こうな拒否権はねえ。」
「サ、サッチさ」
「舌噛むからお喋りは無し。…マルコお前勘違いすんなよ!?今日だけだ!絶対勘違いすんなよ!!」

広い胸に顔を押し付けられて視界は真っ白。
そのあとどうにか空気を吸うと、視界の端にエースさんとハルタさんがさっきの場所で仲良く眠っている姿が映った。
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