「怒られる…!」

息を切らしながらいつもの道を走る。
中に入っている携帯…ではなくそれについているストラップに傷がつくと困るので鞄は両手でしっかりと抱えて、あとは全速力。
一度ホームルームがすごく長くなって私だけ大遅刻したときがあったんだ。
もうその日は鬼の先輩による暴言しか飛んでこない練習という二度と経験したくもないものになって、遅刻だけは絶対にするまいと心に誓ったほど。
…あれ?これっていつもとそんなに変わらないのか?
そんなはずはないと言い聞かせつつ教室の前に辿り着くと、中から聞こえてくる先輩たちの笑い声。
こ、この雰囲気を壊したくはないけど…行くしかない!私の未来のために!

がらっ。

「おつかれさまです…。」
「お、来た来た。」
「ナマエちゃんお疲れー。」
「またホームルーム長かったの?」

…あ、あれ?
絶対あの先輩から怒られる(または視線に殺される)と思ってびくびくとしていたのに、いざ教室に顔を出してみるとそんなことは全くなくて。
マルコ先輩を中心に集まっているらしい先輩たちが楽しそうに声をかけてくるので、戸惑いながらも輪に近づく。

「はい、そうなんですけど…」
「ほらナマエも祝え!今日マルコの誕生日だぞ!」
「えっ!」

初耳なんですけど…!?
びっくりして先輩を見ると、頬杖をつきながら紙パックのジュースを飲んでいる先輩は確かにいつもより嬉しそうな気がしなくもない。
…いや、単に眠そうじゃないからかもしれないけど。

「せ、先輩…」

わ、私プレゼントとか何も用意してないですよ…?
そんな私の心中を察したらしいマルコ先輩が「ああ」と声をもらしてジュースを机に置く。

「別に何もいらねえから気にすんなよい。」
「で、でも」
「こいつらからも特にもらってねえから安心しろよい。…ほら、ナマエの分。」

すっと差し出されたのは紙パックのミックスジュース。
部活のときに飲むことの多いお馴染みのジュース。
…え?いや、まさかとは思いますが…

「じゃんけんで負けたんだよい。」
「…ありがとうございます。」

…いや、負けたんだよいじゃなくてですね。
今日が誕生日の人から物をおごられるなんておかしいですからね、むしろ先輩がおごられる側だと思います。
何もいらないと先輩は言うけどジュースまでもらってしまってはさすがにこのままでは終われないというか…やっぱり何だかもやもやしてしまう。
どうしようかと悩んでいると、それを見ていたらしいマルコ先輩は可笑しそうに笑って。

「じゃあ…あれ歌ってくれよい。」
「あれ?」
「誕生日のときに歌うやつ。それがいいよい。」

先輩が言ってるのって…あの有名なやつだよね?
誰でも知ってる簡単な歌だ。
まあそれはいいんだけど…

「…い、今ですか?」
「今。」
「ここで?」
「ここで。」

…イマココデ?
周りを見ると先輩たちは何も言わないけれど、いわゆる期待の眼差しというものを向けていて。
珍しいことにイゾウ先輩までもが楽しそうにしている。

「…わ、私発音とかよくないですし」
「それでいい。けどちゃんと真面目に歌ってくれよい。」

そう言うとマルコ先輩は黙って完全に聞く体勢になってしまった。
ま、まあ何かしたいって雰囲気を出してたのは私の方だからここで断るのも変だと思う。
周りには他の先輩たちもいて恥ずかしいし本当にそんなのでいいのかという気もするけど…マルコ先輩本人がそう言うのだからとすっと息を吸い込んだ。

Happy birthday to you
Happy birthday to you
Happy birthday dear
マルコ先輩
Happy birthday to you


歌い終わると教室は静かになって。
しんとした空気は何とも言いがたく変にどきどきと緊張してしまう。
…だ、だってマルコ先輩がそれでいいって言ったんですからね!

「…あ、あの」
「マルコだけずりぃ!おれのときもやってくれよ!」
「ぼくのときもやってよ!絶対やって!」
「確かにおれたちでは真似できない祝い方だな。」
「それしか取り柄がねえだけだろ。」
「くらあっ!ナマエちゃんおれのときもやって?すげえよかったから。」

予想外に先輩たちからは好評で。
わっと一斉に褒められて少し照れてしまうけれど…一番大事な先輩からはまだ何も聞いていない。

「マルコ先輩…」
「十分だよい。」

ふっと崩された表情のやわらかさにさっきまでの心配は全部なくなってしまう。
先輩は頬杖をつくのを止めると私に向き直ってくれて。

「ありがとうな。」

そう言って先輩がはっきりと笑ってくれたから、私はすごく嬉しかったんだ。
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