今日はいい天気。
海も穏やかで気持ちがよくて、泳いでいてもついうとうとしてしまいそう。

「フィルー!」

上から声がして。
見上げると数人が船の縁に寄りかかって手を振ってくれているのが見えた。
私は今、白ひげ海賊団の人たちにお世話になっている。
偶然私が助けた人…マルコさんはこの船の人で。
海賊旗が見えたとき、更には船の上に連れていかれたときはどうしようかと思ったけれど…でもこの船の人たちは優しくて気のいい人たちばかりだった。
普段は海にいる私にこうやって声をかけてくれて、笑顔を向けてくれて。
ひとりじゃないってだけでこんなに毎日が楽しくなるんだ。

「どうかしましたか?」
「いーや!ちょっと呼んでみただけだ!」

そう言ってみなさんが笑うので私もつられて笑顔になる。
やっぱり誰かが一緒にいるっていいなあ。

「あー…きれいだ。」
「何であんなにきれいなんだろうな…。」
「そりゃフィルで人魚だからなあ…。」
「おれも人魚になってフィルと泳ぎてえ…。」
「やめとけやめとけ、それこそ美女と野獣だ。」
「「「はあ…。」」」

…そ、そういう会話は本人のいないところでするものだと思うんですが…。
聞こえてきた会話に恥ずかしくなってぷくぷくと海に顔を沈めていると、聞きなれた声が聞こえてきた。

「お前らなあ…馬鹿なこと言ってると海に突き落とすよい。」

この船にはいくつか隊があるらしくて、その一番隊をまとめているのがマルコさんだ。
マルコさんは特に私のことを気にしてくれているみたいで、あの日から毎日声をかけてもらっている。
みなさんが私の故郷…魚人島をナワバリにして悪さをする海賊から守ってくれているということを教えてくれたのもマルコさんだし、他にもこの船のことや、不自由はないかとか…来たばかりの私を心配してくれるすごく優しい人だ。

「だって隊長…フィルがきれいなんですよ。」
「そうっすよ、見てるだけでおれたちの荒んだ心が癒されてくんですって。」
「あんなきれいなフィルを愛でねえ方が失礼ってもんですよ。」
「あ、でも突き落とされたらフィルに助けてもらえるよな?」
「そうか!隊長ぜひお願いします!」

マルコさんは顔に手を当てながらはあ、と深いため息をついている。
くすくすと笑っていれば、ちょうどマルコさんと目が合って名前を呼ばれた。

「中入って顔見せてやってくれねえかい。フィルはどうしてるんだってうるさくてかなわねえ。」
「はい。」

返事をすると、マルコさんの体が青白く燃え始めて。
そのまま両腕を羽がわりにして海面近くまで飛んでくると、私の体をひょいと抱えあげてくれた。
ゆらゆらと青く燃える炎は不思議と熱くなくて、ずっと見ていられそうなくらいに幻想的だ。

「どうした?」
「いえ、…きれいだなって。」
「そりゃ光栄だよい。」

ーー


船の中に移動すると、私は大抵食堂にいる。
迷惑にならないならどこでもいいんだけれど、マルコさんが言うにはここが一番人が集まる場所だから私も退屈しないだろうし顔を見せるのにちょうど良いんだそう。

「ようフィル、今日もきれーだなあ。」
「あ、ありがとうございます。」
「いーい天気だよなあ。気持ちいいだろ、こんな日に泳いでると。」
「はい、とっても。」

椅子に座っていると次々と声をかけてくれるので私もそれに返していく。
けれど体が空気に触れていることにまだ慣れなくてそわそわとしてしてしまって。
そのことを話すと、じゃあ早く慣れるためにずっと船の上にいてもらわなきゃなとみなさんが笑った。

「フィル、何か飲むか?」

後ろから声をかけられ、振り向いた先にいたのはサッチさん。
サッチさんは四番隊をまとめている人だそうで、コックも務めているみたい。
つくってくれる料理はどれも初めて見るものばかりで毎回驚いてしまうし、その全部がとてもおいしい。
サッチさんも私のことをよく気にしてくれていて、こうやって私が食堂に来たときには必ず今みたいに声をかけてくれるんだ。

「…お願いしてもいいですか?」
「おう。遠慮すんなよ?もっと好き勝手言っていいんだからな。」

最初目の前に来られたときは海賊だってことで頭の中が一杯で怖かったけど…でも今はそんなことは全くなくて。
他の人たちをまとめたり叱ったり、何かと私の世話をやいてくれたり…まるでお母さんみたい。
でも船の上で宴会をすると人一倍騒いでいたりするし…何だか楽しくて面白い人だなあと思う。
ちなみにお父さんはこの船の船長さんだ。

「ありがとうございます。」
「サッチ、コーヒー淹れてくれよい。濃いやつ。」
「野郎には言ってませーん。」
「ああ?」
「マルコさんこわーい!フィル助けてくれ!」
「ひゃっ」

サッチさんは慌てて私の両肩をつかむと、そのまま後ろに隠れるように体を縮める。
目の前のマルコさんは何か言いたそうにしていたけれど、数秒も経たないうちに諦めたようにため息をつきながら目をとじた。
後ろからはサッチさんがくつくつと笑う声。

「フィルがいるとマルコが扱いやすくていいわー。…そんじゃ、ちょっと待ってな。」

ぱちりと片目をつむったサッチさんが足取り軽やかに奥へと消えていく。
あんなことを言っていたけど、ちゃんとマルコさんの分も持ってきてくれるんだ。
やっぱり面白い人だなと思いながら視線をマルコさんに戻すと、気づいたマルコさんがふいと顔をそらして。

「…あんま見んじゃねえよい。」
「ふふ。」

私が笑うと、マルコさんはばさりと新聞を広げた。
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