誰かしら助けに来てくれるだろうと思っていたからそれほど危機感を感じることはなかった。
だが全身の力が抜けて、無抵抗に空気を吐いて海に沈んでいくのはどうも好きにはなれない。
ああくそ、息が続かなくなってきやがった。
ごぼりと最後に残った空気を吐いてしまったその時、ぼやけた視界の端に映った人影。
その人影はすっと近づいてくると、おれの体を抱き上げて海面に向かって泳ぎ始めた。
長い髪を揺らめかせているからおそらく女なのだろう。
しかし…両手が塞がっているくせにずいぶんと泳ぎの上手い女だな。
そもそもこんなやつ船にいたか?
酸素が足りない頭でそんなことを考えている間に海面近くまで来ていたらしい。

「…ぷはっ!」

ああ、空気だ。
助かった。
咳き込みながら飲んでしまった海水を吐いていると、頭上近くから女の声が聞こえた。

「大丈夫ですか?」

優しく、澄んだ声。
返したいが息が切れてしまってそれも出来そうにない。
それでも助けてくれたのだからと顔をあげたところで目を疑った。
今まで見てきたどの女よりも美しく凛として、それでいてどこか幼く見える顔立ち。
あいつの言葉を借りるとするなら「イイ女」だ。
一目惚れをしたというわけではないが…それでもこの状況で見入ってしまうくらいに魅力的だった。

「大丈夫ですか?しっかりしてください。」

もう一度声をかけられたことではっとする。
しかし、それと同時に苦しさまで戻ってくるからまた咳き込むはめになった。

「この船の方ですよね。あともう少しだけがんばってください。」

どうにかうなずいてみせると、女が上に向かって声を張る。
力の入らない体をぐったりとあずけながら、カナヅチになるのも悪いことばかりじゃないなと呑気なことを考えた。
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