「サ、サッチさん!」

この喜びをどう言い表せばいいだろう。
まさか私が、こんなに堂々と島に降りているなんて。
砂浜のようにざりざりとしたものでもなく、すぐに崩れることのないしっかりとした地面。
船の上ともまた異なる新しい感覚に、つい浮かれてはしゃいでしまう。

「はいはい、楽しそうだねェ。」

先を行く私に、サッチさんは苦笑しながら着いてきてくれる。
船を停めた場所から中心街までは、緑豊かな小道でつながれているみたい。
道幅は三メートルもなくて、歩いているとかわいらしい鳥の鳴き声が聞こえてくる。
何てことのない、いたって普通の景色のはずなのに…まるで別世界に来たみたいに全てが真新しく見えるんだ。

「街に着いたら何がしたいんだ?」
「…と、とりあえずいろんなことを…?」
「了解。こりゃ今日だけじゃ足りねえぞ。」

可笑しそうにしながら私に追い付いたサッチさんを見て、船での出来事を思い返す。
ナースさんたちに出掛ける準備を手伝ってもらっている最中にいろいろと話をしたんだ。
好きなだけ買い物をしてきなさいってこととか、思いきり遊んできなさいってこととか。
他にもいろいろ言われたけれど…口を揃えて言われたことは、楽しい思い出をたくさんつくってくるようにということ。
サッチさんと、一緒に。

「うん?どうした?」
「い、いえ。何も。」

この人と一緒にいるとこんなにも胸が騒がしいのに、それでいて居心地がいい。
向けられた視線に恥ずかしさを感じ、誤魔化すように景色を見る。
そうしてしばらく歩くうちに緑に囲まれた道が終わり、ついに開けた場所に出た。

「おおきいですね…それに人がこんなにたくさん…」
「大通りはもっと多いぜ。」

目に飛び込んできた景色に思わず口が開いてしまう。
首を痛めてしまいそうなくらいに大きい建物、通りの両側にずらりと並ぶ様々なお店、そして行き交う大勢の人々。
目に飛び込んでくるもの全てが魅力的に思える。

「さて、どっから回るか……何か希望は?」
「あの屋根が赤い建物…あ、やっぱり向こうの、」
「くくっ、誘惑が多いと大変だな?」

可笑しそうに肩を揺らすサッチさんに、きょろきょろと視線を動かしていた私はたちまち恥ずかしくなった。
街を目の前にして落ち着きがないのは明らかで…サッチさんにとって今の私は遊園地に来た子どもと同じように見えているのだろう。

「時間はいくらでもあるんだしよ、とりあえず近いとこから見てくか?」
「…そうします。」
「よし。そんじゃ…」

サッチさんは一度後方を見やったあと、軽く咳払いをしながら私に向けて片手を差し出した。
きっと、手をつながないかと言われているんだろう。
最初こそ心臓がとくりと動いたけれど…ふと手を差し出したその理由を考えてしまい、後悔とさみしさを感じてしまった。

「…ど、どうした?嫌か?」
「いえ…」

ナースさんに手伝ってもらった髪と化粧に、少し背伸びをして選んだ服。
ぎこちなく見えないように歩き方もたくさん練習した。
これで少しでも意識してもらえたらと思ったけれど…中身は子どもだということを自分で露呈させてしまっては意味がない。
サッチさんもきっと、保護者のような気持ちから手を差し出したんだろう。

「な、何だよ、気になるだろ。」
「…迷子にならないように、ですか?」

どんな返答をされるのか、わかってはいるけれど。
それでもサッチさんに視線を向ければ、サッチさんはなぜかきょとんと目を瞬かせたあと、意味ありげに笑った。

「ああそうだな、どっか行かれると困るんでね。」

それは私が予想していた答えだったのに、どうしてか違う言葉に聞こえて。
サッチさんはそのまま私の手を取ると、街の中心へと誘うのだった。

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