天候は快晴。
海軍の情報もなし。
海も穏やかで、春島らしい暖かな風が何とも心地よい。
最高の状態での、待ちに待った上陸。

「割り振りはさっき説明した通りで…海軍の情報は入ってねえが騒ぎは起こすなよい。」
「「「おー。」」」

だというのに、いつもなら考えられない気の抜けた返事。
その理由はただひとつ、フィルがこの場にいないからである。
あれだけ次の島を心待ちに、誰よりも楽しみにしていたフィルが、だ。
じゃあ今どこにいるんだって?

「姉さんら…いつまでやるつもりなんですかね。」
「早く島に降りてえ。これじゃ生殺しだぜ。」
「降りるか?フィルを見ねえままでもいいならの話だけどな。」
「バカ野郎!見てえから待ってんだろが!」

外に出るための準備なんて男であればあっさりしたもんだが、女は服や髪のセット、化粧など…それなりに時間がかかると理解はしていた。
けど…こんなにかかるとか思わねえだろ?部屋追い返されてからもう二時間だぞ?二時間。
フィルをこれ以上おれ好みにしようってのはそりゃもう大歓迎だぜ?けどあれだよ、島見えてきたときの喜ぶ顔とか嬉しそうな顔も隣で見たかったわけよ、おれは!そこらへんを姉さんは分かってねえんだよな…そもそも時間管理をきっちりしてりゃこんなことには…

「来ねえなー…」
「隊長ー、もう部屋に押し掛けましょうよ。」
「…止めはしねえが、んなことやったら次負傷しても看てもらえねえ…、」

他のやつらも気がついたようで、順々に声が途切れ視線がそこへ集まっていく。
この船の綺麗所であるナースたちの声がようやく、ようやく聞こえてきたのだ。
船内から続くそれにはフィルの声も混じっている。

「…ってるの。もう着いてるんだから急がないと。」
「そ、そうなんですけど、まだ心の準備が…」
「ほら早く。見せつけてやればいいのよ。」
「でもその…何だか恥ずかしくて、」
「大丈夫だから自信持ちなさい…ほら!」
「ひゃっ!」

ばんっ。

転けそうになりながらも姿を現したフィルに全員が目を奪われたことだろう。
思わず触れてしまいたくなる可憐さに加えて透き通るような美しさは、おれから言葉を失わせるに十分すぎるほどだった。

「あ、えっと、…」

周囲の視線を一身に浴びて顔を赤くしたフィルは船内に逃げようとするが、待ち構えていたナース長にいとも容易く取り押さえられてしまった。
その行為に場の空気が和んだのも束の間、ナース長はそのままおれのところに一直線に向かってきたので、油断していた心臓が一気に鳴り始める。
それまで口で抵抗していたフィルも、おれの目の前に連れてこられた途端に静かになった。

「サッチ隊長、お待たせしました。」

ナース長はくすりと微笑み、助けを求めるような目をするフィルを残しておれの前から消えていく。
ああくそ!さっき悪口言ってすいませんでした!今日の姉さんは本当いい仕事しやがるぜ!

「…サッチ、さん、」
「…おう。」
「へん…ですか?その、私こういうこと初めてで…」

これで変だとかぬかすやつがいたら、おれはそいつをぶん殴る。
足元は少しばかりヒールのある涼しげなサンダルで、潮風にのってふわりと揺れる紺色のスカートの丈は膝下までしかない。
いつも見えない足は白く滑らかで、思わず顔に出そうになったのを慌てて押し止めた。
襟と釦のある真っ白いブラウスに、緩く巻いてもらったらしいフィルの髪はとてもよく映える。
施された頬紅もいらないほどに顔を赤くして、さらには恥ずかしそうに体を小さくする姿なんて男心をくすぐってきて仕方がねえ。

「変じゃねえしその、あれだ。…似合ってる。」

言いたいことは山ほどあるのに、口に出来たのはたったそれだけ。
それでもフィルにとっては十分だったようで、その表情が安心したように和らいだ。

「フィル!こっち向いてくれー!」
「かわいいぞちくしょう!」
「サッチそこ代われー!」
「お前には勿体ねーぞ!」
「フィルー!そんなやつよりおれと降りようぜー!」
「楽しんでこいよー!」

若干失礼な発言も今ばかりは許そう。
何たって今のおれはこれ以上ねえくらいに機嫌がいいからな。
隣のフィルは周りからかけられる声に照れているかと思えばそうでもなく、にこにこと笑って返している。
今回ばかりは楽しみで仕方がないのか、無邪気に笑う姿はまるで子どものようだ。
心残りもなくなり船番組以外が颯爽と島へ降り始める中、フィルが小走りでとある場所へと向かった。

「お父さん、行ってきます。」
「ああ。楽しんでこい。」

オヤジにはきっちり挨拶をしたかったようだが、島に気持ちが引っ張られているためかその声はいつもより跳ねていた。
オヤジはフィルに満足そうな顔を見せたあと、そのままおれの方にも視線を投げたが、妙に気恥ずかしくなってしまい手で返したあとは早々に背を向けた。
後ろから聞こえてくるオヤジの笑い声をくすぐったく感じていると、靴を鳴らしながらフィルが駆け寄ってくる。

「お待たせしました。」
「かまわねえさ。…そんじゃ、そろそろ行くか?」
「はい。よろしくお願いします。」
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