「ナミュールさん、ありがとうごさいます。」
「ああ。あとは回数を重ねれば体が覚えるようになるだろう。」
「はい。」

久しぶりの海の感覚が嬉しかったのかフィルは清々しい笑顔を浮かべていて、そのことが素直に喜ばしい。
あとはあいつらがいなければな…。

「どうしました?」
「…上。見てみろ。」

フィルはきょとんとした顔でおれが指す方を見上げる。
だらしのない顔をした面々を視界にとらえると、たちまち視線を下げて困惑したように頬を赤くした。
好奇の目を向けられることには多少慣れているようだが、こういった違う意図のものは未だに慣れず落ち着かないようである。

「独占してると後が面倒だ。そろそろ戻ってもいいか?」

ーー


「大丈夫だったか?」
「はい。まだ完璧にというわけじゃないですけど…そのうち慣れると思いますので。」
「やっぱフィルは人魚だよなー。」
「そうか?おれは今の姿もいいと思うぞ。」
「おれは…いやだめだ、そんなの決められねえ。」

何を言ってるんだ?フィルは人魚の姿の方がいいに決まって、……。
そう考えかけたところで我に帰ってかぶりを振る。
危うくこいつらと同類になるところだった。

「けどよかったなあ、また前みたいに泳げて。」
「はい。一番長く過ごしてきた場所ですし…。」
「あ、それわかるぞ。おれも陸は好きだけどやっぱ海の上にいる方が落ち着くんだよな。」
「そうそう、何かもの足りねえみたいな…」

楽しそうに会話を弾ませるフィルたちを眺めていると、今日も穏やかな一日なんだろうなと思えてくる。
ふと誰かが近づいてくる気配を感じて、ああこれはと視線を向けたのはフィルがそいつに真っ白いタオルを被せられるのと同時だった。

「ひゃっ、」
「どうだった?」
「サッチ。」

投げられたタオルに礼を返していると、遅れてフィルが埋もれていた顔を出した。
最近ではフィルがいるところには大抵サッチの姿があるし、その逆もまた然り。
だからこそ海に入る前は確認できたサッチの姿が見当たらなかったことを変に思っていたのだが、どうやらこのためだったらしい。

「問題とかなさそうなのか。」
「ああ。自分の意思で変化できるみたいだからあとは慣れだな。」

そうかと少し安堵の表情を見せたサッチはそのまま視線をフィルへと移した。
フィルは濡れた髪から滴るものを特に気にする様子もなくサッチを真っ直ぐに見上げていて、しばらくもするとそのサッチの眉間にしわが寄る。

「拭いとけ。そんで風呂。」
「え?」
「そのままだと冷えるだろ。前は大丈夫だったかもしれねえけど今は違うかもしれねえしな。」
「ありがとうございます。」

それらしいことを言って上手く誤魔化したなと感心する。
おれに渡したものよりも大きいサイズのタオルを用意したことについては「髪が長いから」とでも言うんだろうか。
おれからの視線に気づいたのか、それをかわすように背を向けたサッチは船内に向かって歩き出した。

「ふたりともあとで来いよな。何か出してやるよ。」

フィルがこの船に乗ってからというものサッチはおれのことを羨ましいと言ってくるのだが、その言葉をそっくりそのまま返してやりたいと思う今日この頃であった。

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