「こっちのかごの分も剥きましょうか?」

姿が変わってからというもの、フィルが船のことやおれたちの手伝いをしている時間がぐっと増えた。
力仕事はおれたちがやるとしても掃除や洗濯、簡単な食材の下準備などといったことをすげえ楽しそうにやってくれる。
聞いてみれば世話になっている分を返したいからという気持ちだったり、出来なかったことが出来るようになるのが嬉しかったり、何かに集中している時間が楽しかったりするらしい。

「おー、それも頼む。サンキュ。」
「いえ、私にも手伝えることがあると嬉しいですから。」

そう笑って動かし始めた手は今じゃもう慣れが見える。
手伝いをするときは決まってそのきれいな長い髪をきゅっとくくっていて、その姿におれたちはまた見とれちまうんだ。

「いい女だよなあ…」
「ああ。美人だしかわいいし…」
「船のこともよく手伝ってくれるし美人だし…」
「優しいしかわいいし…」
「そ、そんなことないと思いますけど…」

その控え目なところだっていいよな。
こういう話になるとフィルは大体姉さんを引き合いに出してくる。
そりゃ姉さんも美人だしイイ女だとは思うけど…ほら、な?姉さんたちはある意味おれたちより強いし…うん、まあそういうことだからフィルと姉さんたちは違うと言いたい。

「あ、フィル聞いたか?あと一週間くらいで次の島着くってよ。」

前の島を出てから約二ヶ月。
船内は昨日出たばかりの情報で持ちきりだ。

「はい。航海士さんがお父さんの次に教えてくださったんです。」
「なーんだ、知ってたのか。」
「じゃあこれ知ってるか?次の島はなあ、すっげえ」
「だだだめです!喋っちゃだめ!」

動かしていた手を止めたフィルがわたわたと慌てた様子で話を遮ってきた。
フィルの焦る姿は珍しい。

「どうした?」
「あの、次の島のことは何も知らないままでいたくて…」
「…ああ、初めて降りる島だもんな。悪い悪い。」
「いえ、私のわがままですし…。」

言われて懐かしい記憶がゆっくりと甦ってくる。
おれも次はどんな島なんだって楽しみでよ…ずっと甲板に張り付いてたっけ。
フィルは今までずっと船から眺めるだけだったしなあ、思うこともいっぱいあるんだろう。

「初上陸か…懐かしいな。」
「何したいか考えてるか?」
「海の上じゃ味わえねえこといっぱいだぞ!」
「おれらと一緒に降りねえか?いいとこ連れてってやるよ!」
「、ええと…」

おれたちの誘いにフィルの反応は今一つで。
嫌だという素振りはないものの、フィルは何だか困ったように視線を動かす。

「そ、その…先に約束した人がいるんです。その人のあとでもいいですか?」

申し訳なさそうにしているのに、フィルはどこか恥ずかしそうというか照れているというか…まあこの船のやつなら誰が見たって察してしまうほどにはたどたどしい。

「「……」」
「!あ、あの、そう言ってもらえるのは本当に嬉しいんです、だからその、」
「ああいや、そういうのじゃねえから安心しろって。」
「約束は大事だもんな。おれらはいつでもいいから。」

おれたちの返答に一先ず安心したようで、フィルはほっと息をついた。
しかしまあ…フィルには手を出さないってことに一番賛成してたのはあの人で、けど今やそれを一番無視しているのもあの人なんだよなあ。
いくら親しい兄弟の間柄といっても約束や決まりごとは守られるべきでもちろん隊長だって例外じゃない…が、この件に関してはみんな黙認してるというか。
家族が幸せになるならそれに越したことはないからな。
だから今まで表立って触れられてこなかったけど…とうとう上陸が近いとなれば話は変わってくる。
何のけじめもつけないままってことにはしてほしくないし、外から見てきた側からすりゃはっきりさせてほしいと思ってる。
まあおれたちよりも他の隊長たちが痺れを切らす寸前なわけで…隊長、そろそろヤバいです。

「よーし、さっさと終わらせて何か冷たいモンでも飲もうぜ。」

野太い返事の中にやわらかい声がひとつ混じる、平和な昼下がりの出来事。
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