モビーディック号は魚人島を目指して海を進む。
けど急いでるってわけじゃねえしのんびりゆったり、その海の風に任せっきり。
つい先日小さな交戦があった以外はこれといった変化もないし…つまりは今日も飯がうまいってことだ。

「フィル来ないねー。」
「まだ寝てるんじゃねえの?」
「姿変わってから少し疲れるって言ってたもんね。あ、エースこれあげる。」
「おれの前で好き嫌いするたァいい度胸だな。」
「ち、違うってば。もうお腹一杯なだけで…あ、」

ハルタの視線を追うと、ちょうどナース長が入ってきたところだった。
フィルと同室のはずだし訊けばきっと答えてくれるだろう。

「なあなあ、フィルってまだ寝てんのか?」
「ああ、フィルなら昨日の夜に倒れて…」
「「「倒れたァ!?」」

ナース長は何てことないように言うけど大問題だ。
この件は知られていなかったらしく、周りも騒然としている。

「なな何でそんな大事なこと言わねえんだよ!超重要事項だろ!」
「大丈夫なの?意識はあるの?病気?」
「ま、まさか栄養が足りてねえとかか?いや…フィルのメニューはおれが全部目ェ通してるし万が一にもそんなことは」
「ただの風邪ですからご心配なく。体のことに加えてここのところ天候の変化も激しかったので恐らくそのせいかと。」

そ、そっか…ただの風邪か。
辛いことには変わりないだろうが、命に関わるようなことじゃなかっただけでも安心できる。
三人揃って胸を撫で下ろしていればスパンッと頭を叩かれた。
それは他のふたりも同じだったらしい。

「全く…お前ら心配しすぎなんだよい。見舞いも行くんじゃねえぞ。どうせ静かにしろっつってもきかねえだろうし…」
「マルコさあん?そういうあなたはどこに行く気なのかなあ?」
「……船医に用があったのを思い出したんだよい。」

そう言うマルコの視線はすい、と逃げていく。
ああ結局お前もかと内心ため息をついたその時、隣でガタンと音がした。

「てめェ抜け駆けは卑怯だぞ!弱ったフィルに甘い言葉かけてポイント稼ごうったってそうはいかねえからな!」
「はあ!?お前と一緒にすんなよい!おれは純粋にフィルが心配でだな」
「おれだって純粋ですー!お前の何!倍!!も!!それに隣でよいよい鳴かれたら気が散って休めるもんも休めねえんだよ!」
「その邪魔な前髪目の前で揺らされるよりましだよい!」

互いの胸ぐらをつかんで睨み合う姿なんて新入りが居合わせていたなら確実に卒倒モンだ。
こいつらは性格が逆なもんだから衝突すること自体はそれほど珍しくねえ。
けど今回は何て言うか…

「低レベルだなー…」
「これフィルが見たらどう思うんだろ…」

こんなの見せたくねえよ…。
呆れつつも残された飯はきちんといただく。
サッチすげえな、これ冷めてもうまいぞ。

「いいか!お前は絶対行くんじゃねえよい!部屋にも近づくな!飯だけつくってあとはおとなしくしてろよい!」
「あーうるせえうるせえ!部屋には入るし見舞いもするし飯もつくる!てめェの意見は全部却下」
「おふたりとも立ち入り禁止です。」

ナース長の言葉に時が止まったように動かなくなったふたりを見て、これはいい薬になったなと思った。

ーー


こういうとき隊長という立場は得をする。
通常なら部屋に入れないところをおれたちは特別にと通してもらえるのだ。
あいつらもおとなしくしてりゃあよかったのに…はあ。

「こほ、っ、」

寝てんのかな、具合悪ィのかな。
部屋に入ってそろりそろりと進んでいると、閉じたカーテンの奥から咳き込む音が聞こえてきた。
思わずハルタと顔を見合わせ、そのあと船医の方を見ると「大丈夫だから行ってこい」と言うように苦笑される。

「あ…ハルタさん、エースさん。」

フィルは横になっていたけど、おれたちを見つけるとゆっくりと体を起こした。
笑ってはいるその顔も少し疲れが見てとれる。
頬も赤いしまだ熱があるみたいだ。

「大丈夫か?」
「何とか…。心配かけてすみません。」
「気にしないで。」

聞くと薬のおかげで回復はしてきているとのことであと二、三日もあれば熱も引いてすっかり元気になるらしい。
体調が悪いと何するにしても楽しくねえし、せっかくの飯だってうまくねえし…やっぱり元気が一番だな。

「あー…フィル?サッチから伝言があるんだけどよ…」
「サッチさんから?忙しいんでしょうか…。」
「「…騒いだ罰。」」

いい歳して何やってんだか。
思い返してついたため息までハルタと揃ってしまった。
あのなフィル…心配するだけ損だぞ、損。

「何でもないよ。サッチがね、何かほしかったらすぐ言えってさ。どんなに忙しくても最優先でつくるからって。」
「…そうですか。じゃあありがとうございますって伝えてほしいんですけど…。」
「あれ?何もいらねえのか?」
「はい。そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、やっぱり忙しいのに手を煩わせたくないですし…」
「ああもう、わかってないなあ。」

苦笑いを浮かべるおれたちにフィルはきょとんと不思議そうな顔をする。
おれたちの迷惑にならないようにって遠慮しすぎるのはフィルの悪い癖だと思う。

「サッチも頼ってほしいんだって。」
「そうそう。あとフィルにかまう口実がほしいんだよ。面倒くせェやつだろ?」
「ホントホント。…というわけで何がいい?」

ぱちぱちと瞬きをしていたフィルだったけど、話を聞き終わるころには可笑しそうに笑っていた。
少し嬉しそうにも見えたのはきっとおれだけじゃないだろう。

「…じゃあ温かい飲み物を。」

そのあと。
結局我慢できなかったらしいサッチが部屋に飛び込んできて、結果オヤジに怒られて…普段からサッチには世話になっているとはいえこればっかりはフォローも出来ないなとおれは苦笑するのだった。
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