「お、また跳ねた。」
「サッチさん、あの子挨拶してくれてますよ。」
「本当だ。おーい、」

今日も気持ちいいくらいの快晴。
甲板では一組の男女が仲睦まじ気に海を眺めていました。
船の近くを何かの群れが泳いでいるようで、波を切る音とかわいらしい鳴き声が聞こえてきます。

「どこ行くんだろうな。」
「聞いてみましょうか?ええと…」

ふたりの距離は十センチと離れておらず、その後ろ姿だけで穏やかな雰囲気がこちらまで伝わってくるほどです。
誰から見ても恋人同士のそれなのですが、驚くべきことにこのふたりはそういう関係ではありません。
問題は全てその男にあります。
その男ときたらことあるごとに女に会いに行き、話さずともその視線は女を追いかけ、さらには夜私たちと一緒に部屋にいた女を連れ出しふたりきりで話をするなど…大事な妹という範囲を越えた接し方をするにも関わらず最後の一歩を踏み出しませんし、私たち外野の声はのらりくらりとかわすばかりではっきりしたことを言いません。
そのくせ自分以外の男がその女と仲良くしていようものなら嫉妬の嵐を巻き起こす、本当に困った男なのです。
今までは女の側の気持ちを見守り、ゆっくりと育ててあげたかったので男を深く追求することはしませんでしたが…もう我慢の限界。
さあエース隊長、出陣しましょう。

「群れで旅行中だそうです。この先ずっと南西にお気に入りの場所があるとか…。」
「そっか。…いいよなーそれ、おれも」
「はいそこまで。」

割り込まれるまでふたりとも私たちの存在に気づかなかったみたい。
フィルはともかく…はあ、いくらなんでも気を抜きすぎですよ?邪魔をしたことは謝りますけど。

「な、何だよお前ら、」
「サッチおれ思うんだ。男ってのは物事にけじめをつけなきゃならねえ。」
「…おう、」

…あら、何だかんだ言ってサッチ隊長もわかってらしたんですね。
可愛く、そして賢いイルカの群れはこの先起こることがわかったのかぱしゃんと海の中に消えていきます。

「というわけでフィル、ちょっとサッチ借りてくぞ。」
「え?は…はい、どう」
「よし連れてけ!」
「「「おー!」」」
「ッ!?おい放せ!こら!聞いてんのか!?」

抵抗もむなしく、屈強な男たちに担がれたサッチ隊長はあっという間に船の中へ。
最後にエース隊長が扉を閉めて、甲板に残ったのは女性陣だけ。
嵐のような出来事に口をぽかんと開けたフィルは呆気にとられているみたい。

「あの、サッチさんとみなさんは…」
「ちょっと大事な話し合いがあるみたいなの。」
「ひとりだと退屈でしょう?フィル、私たちとお喋りしない?」

ーー


「え?そうだったんですか?」
「気づかなかった?このコたち結構長いわよ?」
「私はもうすぐ二年になるかしら。」
「こっちは三年半経つわね。そろそろ一言ほしいところなんだけど、向こうが隊長に認められるまでだめだって聞かなくて…ふふ、」

誰が気になるだとか付き合った、別れた…女だけのお茶会の話題はいつだってそう。
海の上にいる私たちだってもちろん同じ。

「フィルはどう?この船はいい男が揃ってるわよ?」
「!えっと…」
「フィルも年頃の女の子だもの。実はあの人のことが…なんてね?」

ちらりとフィルに視線を移すと、本人は真っ赤になってうつ向いてしまった。
フィルとこういう話が出来るようになったのは私たちとしても嬉しいし…いろいろあったけどこの子にもやっと心に余裕が生まれてきたんでしょうね。

「…も、もっと距離を置いた方がいいんでしょうか。でもその、サッチさんって」
「あらあら、お相手ってサッチ隊長なの?」
「!?え、みなさん、」
「気がつかなかったわあ。でもサッチ隊長って不思議と気を許しちゃうのよね。それに優しいし。」
「わかるわ、ああ見えて知的だし頼りになるし…」

私たちに女としての喜びを感じさせてくれる、そういうところもサッチ隊長の魅力のひとつかしら。
あとはあの髪型を変えればってみんな口を揃えるんだけど…残念なことに本人にその気は全くないみたい。
ふと静かになったフィルを見ると、落ち込んでいるというか…困り果てたような顔をしている。

「どうしたの?」 
「…この船でサッチさんを好きな人っていらっしゃるんですか?も、もしそうだったら私…」

だんだんと言葉を弱くして視線を下げるだけで。
…どうやら余計な心配をさせてしまったみたい。

「ふふっ。安心なさい、この船にはいないし…もしいたとしても断られちゃうわ。」
「え?」
「それよりフィルの方がお似合いだと思うけど?さっきなんていい雰囲気だったじゃない。」
「!で、でもサッチさんはそんな風に思ってないと思いますし」
「そう?あんなに穏やかな顔のサッチ隊長なかなか見れないわよ?」
「…そ、そうなんでしょうか…。」

フィルは戸惑いながら顔を赤くするばかり。
私たちだってフィルのことが大好きなのに…こんなにかわいい妹の気持ちを独り占めするなんて隊長にはちょっと妬いちゃうわね。

「続きを聞く前に冷たいものでも用意しましょうか。」
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