「隊長ー、息してますかー?」
「…してる。」
「トレードマークが見当たらねえっす。」
「…見てわかれ。んな余裕ねえ。」
「マルコ隊長見ましたけど同じような顔してましたよ。」
「…だろうな。」

気分が悪い、その一言につきる。
目が覚めたあと出すもん出して吐き気はどうにか治まったが…頭は痛えし体はだるいし歩くことすらままならねえ。
どうにか仕事場までは来たもののテーブルを支えにしたまま一歩も動けずうなだれていれば、通りすぎていく家族の笑うこと笑うこと。
その笑い声にさえ頭が軋んで…とにかく体調はドン底だ。
何をせずともあがる息を調えていたところにまた誰かひとり食堂に入ってきた。
今度はどいつだと視線をやると、その人物はおれを笑うことなくむしろ心配そうな顔をして駆け寄ってくる。

「サッチさん…大丈夫ですか?」
「…気分悪ィ。」

ああ何でだろうな、頭に響かねえ。
心配してくれるのは大変嬉しいがこんな情けない姿を見られたくないというのが正直なところ。
体調不良なのをいいことに顔を隠すようにしてテーブルに伏せる。

「あの、船医さんに薬をもらおうとしたんですけど放っておけって言われて…。」
「そりゃ仕方ねえよ。自業自得だからな。」
「だなあ。」

くっそ…今笑ったやつら覚えとけよ、次の時おれと同じ目にあわせてやるからな。

「今日はもういいですから隊長は休んでてくださいよ。」
「そうそう。というか使い物になんねえです。」
「…言い返せねえわ。」

家族のためにも、そして自分のためにも今日はおとなしくしている方が賢明だ。
そう思って支えにしていたテーブルから体を離した途端、バランスがとれず視界がぐらりと傾いてしまって。

「サッチさん、」

すぐ傍にいたフィルが手を出してくれなかったら今ごろおれは床に崩れていたことだろう。
あー…何でおれは昨日今日歩き始めた相手に支えてもらってんだ?

「…隊長ずるいっす。」
「あーフィル!おれも急に目眩が…!」
「バカ言ってんな。フィル、そのままそいつの部屋まで連れていってやってくれねえか?」
「ひとりじゃ立てねえみたいだしな。」

ここぞとばかりに大笑いされてまたぐわんと脳が揺れる。
お前ら…次の宴は覚悟しとけよ。

ーー


ぼふっ。

「…もう動きたくねえ。」

いや、動けないが正解か。
今日は一日この慣れ親しんだベッドにお世話になることが決まった。
本当であれば今日は前の島の食材さわって、それから料理つくってフィルに出してやって、夜にはエースとハルタが買ってきた珍しく上等な酒を楽しむ予定だったんだが…それがどうしてこうなった。
…まあおれが飲みすぎたせいなんだが。

「水取ってきましょうか?」
「…頼む。」

何て情けない。
まさかこんな形でフィルに世話になるなんておれの予定にはなかったぞ。
心なしかフィルが笑っているように思えて心境は複雑だ。

「…フィル」

うつ伏せになったまま沈んだ声を投げ掛ける。
ぴたりと立ち止まったフィルがこちらを向いたのを感じ取ってから少し顔を上げた。

「昨日のこと、覚えてるか。」
「…」
「何つーか…悪い。お前にとっちゃ小さくねえ問題なのに嬉しいとか言っちまってよ。」

嘘を言ったつもりはないが…さすがに軽率だったんじゃないのか。
あの時のおれは何せ酒が入りすぎていて洞察力なんてあったもんじゃねえ。
フィルがそう見せただけで、本当は良く思っていなかったのかもしれない。
支えてやらなきゃいけない時にしでかしてしまった自分に腹立たしさを感じていたのだが、当のフィルはふるりと首を横に振って。

「そんなことないです。ああ言ってもらえて嬉しかったですし…気持ちも楽になりましたから。」

その言葉が、その表情がおれの不安をあっさりとかき消す。
おれってばいつからこんな簡単な男になっちまったんだろうなあ。

「…そうか。」
「はい。…あの、」
「ん?」
「約束、楽しみにしてますからね。」

そう言い残して逃げるように部屋を出る姿にやられたと思いながら枕に顔を沈めた。
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