「フィルー」

騒ぐ家族の間を抜けて。
向かう先には端の方に座って宴の様子を眺めている人物がひとり。
おれが向かっていることがわかるとまた頭を軽く下げてくる。

「フィルにげろ!よっぱらいだぞ!」
「たいちょー、足ふらついてますよォ。」
「お前らに言われたかねェよ。」

次々に伸びてくる手をひょいと避けフィルの元へと歩み寄ると、膝を抱えたフィルがそのままおれを見上げた。
おれだけを映すその眼に、視線に傾いてしまいそうで静かに息を吐きながら一度だけたっぷりと瞬きをする。

「大丈夫ですか?さっきたくさん飲んでたみたいですけど…」
「見てたか。ひひっ、マルコに勝ったぞ。」
「はい、すごかったです…色々。あの、水要りますか?」
「だーいじょうぶだっての…っと、」

フィルの隣に腰を下ろせば思ったよりも勢いがついてしまっていて背中を縁に打ちつけてしまった。
いつまで経っても心配そうな顔をするフィルへの返事として酒を一口飲んでみせる。

「イゾウと何話してたんだ?」
「え?」
「おれは目がいいんだよ。それともただの世間話だったか?」
「…秘密です。」
「あーそうですか。」

酒の入った頭ではあるが、今日のフィルは変だなと思う。
騒がしい席だというのにフィルは妙に静かというか元気がないというか…普段なら絶えることのない人も今日ばかりは少なく感じられ、意図的に遠ざけていたようにも考えられる。
やはり突然訪れた変化に何か思うことがあるのだろうか。

「変…ですか?やっぱり。」

その箇所に意識をとられていたおれをフィルの声が呼び戻す。
顔を上げればフィルは困ったように笑っていて、そのあとゆっくりと視線を落とした。

「急に変わっちゃいましたから。それにきれいだって言ってくれましたし…サッチさんは前の方がよかったですか?」

フィルは自分の身に起きた変化をどう思ったのだろう。
嫌だったのか、はたまた普通とは異なる特殊さに不安を覚えたのだろうか。
けどおれは…

「こんなこと言ったら変かもしれねえけど…正直嬉しい。」
「…どうしてですか?」
「だってよ、これで島降りられるだろ?そりゃ前もきれいだったから勿体ねえなとは思うぜ?けどおれは…今のフィルも好きだ。」

フィルがおれにどんな答えを求めていたかは分からない。
だがフィルの表情からしてそれが間違いではなかったことは確かだった。

「…ありがとうございます。」
「そうだ、次の島着いたら一緒に降りるぞ。誰か言ってきたか?」
「いえ、まだ…」
「じゃあ一番はおれとだ。ぜってェ。忘れんなよ?」

ぱちりと目が瞬き、次いで表情がほどけるその瞬間。
おれはどうしようもなくフィルが好きだと思った。
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