体に染み付いた習慣とは抜けないもので、担当ではない日でも自然と目が覚めてしまう。
昨日は色々と大変だったなあとまだ覚醒しきっていない頭で考えながらぐっと伸びをひとつして甲板に向かった。
明朝の島はとてもきれいで、上陸する形が違えばきっとより楽しめたんだと思う。
目の前に島があるのにこうも遠くに感じてしまうのはなぜだろうか。
煙草を手にしながらたたずんでいるとしばらくして完全に朝を迎えた島の姿がやはり見事で、しかしながらそのことがさらに気分を乱す。
後悔とは少し違うが…良いものではないことには変わりない。
島の景観とは正反対と言ってもいい自身に自然とため息がこぼれてしまう。
それから間を置いてはたと気がついた。

ーー


ばんっ!

「フィル起きろ!島降りるぞ!!」

ずかずかと乗り込んで一直線にフィルのもとへ向かう。
眠りにつくのが遅かったからかぴくりと反応を示すものの目を開ける気配はない。

「ん、…」
「こらフィル!寝てる場合じゃねえって!」

今は一分一秒さえも惜しい。
布団に潜り込もうとするのを阻止すればやっとフィルが目を開けた。
ぼんやりとした顔で体を起こしたフィルはおれを確かめるようにゆっくりと瞬きをする。

「…サッチ、さん?」
「島!降りんの!」
「え?でも……あ、」

ぽかりと口を開けて。
ついに気がついたフィルに頬が緩むのを抑えきれない。

「おう。もう嫌だなんて言わせ…」
「サッチ隊長?」

そこで背筋がふるりと冷えた。
ただならない気配を感じて恐る恐る振り返れば寝起き姿も美しい姉さん方がにっこりと微笑みを、そして青筋を携えている。

「朝一にノックもしないで女の部屋に入ってくるなんてどういう神経してるんですか?」
「失望しましたわ。」
「…ちょ、おれが悪かった、だから、」
「許しません。」

ーー


「おれが悪かったですだから許してくださいフィルを島に連れて行きたかったんです。」
「はいよろしい。」

くっそ…正座なんて何時ぶりだ?
こんこんと説教をされること約半刻、ようやく許してもらえた頃には足がしびれて体勢を崩すことすら一苦労な状態になってしまった。
けどここで時間を無駄にするわけにはいかないので何とか立ち上がり、心配そうな顔を向けてくるフィルに近づく。

「あ、あの、サッチさん」
「フィル行くぞ!時間ねえから!」
「でも私、まだ…」
「…サッチ隊長、少しよろしいですか?」
「あ?何だよ。」

ぐいと腕を引っ張られて。
おれとしては少しでも早くフィルを島に連れていきたいのだ。
だから普段よりもずいぶんと乱暴に返してしまったがそこは許してほしい。

「サッチ隊長は女の気持ちを酌める方だと思っていましたけどそうじゃなかったんですね。」
「はあ?」
「焦りすぎです。フィルはまだ起きたばかりですよ?なのに外を歩かせるおつもりですか?」
「顔も洗ってませんし髪だってといてません。」
「せっかくの初上陸なんですからね。それにサッチ隊長…見たくありませんか?とびっきりおめかししたフィルを。」

隊長好みにして差し上げますよ?
卑怯にも近い言葉を付け足してくるから本当に敵わねえ。
着飾ったフィル?…見てえに決まってんだろ!

「……おう。」
「ふふ、決まりですね。」

…まあ姉さん方の言う通りおれが焦りすぎていたのは事実だ。
フィルにとっては初めて島に降りるんだから大事にしてやらねえとな。

「さあフィル、急いで準備するわよ。サッチ隊長とお出掛け…」
「姉さん方!」

和やかな雰囲気に飛び込んできた慌ただしい声。
その様子からして事の大きさがうかがえる。

「どうした?」
「た、隊長、海軍です!九時の方向から三隻!」

…はあ?海、軍?
おい…何で今なんだ??
ふざけんじゃねえ、おれは今からフィルと島に…

「あ!サッチ隊長探しましたよ!」

次に部屋へと駆けてきたのはおれの部下。
探されている時点でもう嫌な予感しかしねえ。

「…何だ。」
「今すぐ上に行ってください!出航の指示出しを手伝ってほしいそうです!」
「わかった、…すぐ行く。」

…本っっっ当ありえねえ。
叩き潰して沈めてやるのは簡単だがもし仲間を呼ばれりゃ結局長居は出来ねえし…それに島も近いから不要な戦闘は避けろってことなんだろう。

「あらまあ。」
「タイミングの悪い人たちだこと。」
「…フィル悪い。」

ようやく連れていってやれると思ったのに。
一気に地に落とされたような感覚にうなだれるも、フィルは少々違う感想を抱いたらしい。

「大丈夫です。まだ上手く歩けないですし…それにせっかく島へ降りるならゆっくりしたいですから。…誘ってくれてありがとうございました。」

ふわりと優しい顔を浮かべたフィルに落胆していた気分が軽くなって。
普通ならおれがフォローする側だろうにと内心苦笑する。

「…そうだな。じゃあちょっくら行ってくる。」
「はい、いってらっしゃい。」
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