日付も変わり賑やかだった夜の町も一部を除いては静かになった。
隣で眠っている女は当分起きそうになく次の仕事に支障が出そうな気もして、悪かったなあと思いつつ少し多めに札を置いて船へと戻る。

「フィルー?」

フィルは上陸して初めて迎える夜は必ず海で過ごしているから今夜もきっといると思った。
辺りは静かで波の音しかせず、それほど声を張らなくとも広がってくれる。
そうして上から顔を出すもフィルの姿をとらえることはできず、しばらく待ってみるものの波が立つ気配もない。

「隊長ー、どうかしましたかー?」

上からの声に顔を上げると見張り台からふたり分の人影が見え、どちらも手を振っている。
返事をすれば片方がするすると降りてきた。

「わざわざ悪いな。フィル知らねえか?」
「フィルならさっきマルコ隊長と中入って行くの見ましたよ。けど何か様子が変で…」
「変?」
「具合が悪そうというか…隊長は大丈夫だってすぐ入っちゃったんですけど。人魚も風邪とかひくんですかねえ。」

…風邪?島に着くまでは何ともなさそうだったけどなあ。
しっかし…またあいつか。
おれには過保護だとかかまいすぎだって言うくせによォ、そりゃお前の方だっての。

「わかった、ありがとな。」
「いえ。それじゃ戻りますね。」
「ご苦労さん。」

時間も時間だし朝になってからでもいいだろうが…まあやっぱり心配だしな、行くか。
ついでに思いっきり邪魔してやる。
さてどうしてやろうかと思いながら船医室へ向かっていると、運良く船内を歩くマルコの姿をとらえることができたので声をかけ呼び止めた。

「見張りのやつから聞いたぞ。フィル具合悪いのか?」

フィルがこの船に来てから体調不良を訴えたことは今まで一度もない。
船のことを手伝ったりもするが無理をさせるようなことはないし、異変があれば同室のナースがそれを感じ取るだろう。
まあ気を付けていてもなったものは仕方ないからなあと思っていればマルコはちらりと視線をはずして、それから。

「ついてこいよい。」

質問に対する答えはないままマルコは背を向けて歩き出してしまって。
再度問い返すも黙って前を行くだけなのでがしがしと首の後ろを掻きながらついていけば予想通り船医室の前で止まった。

「おれだ、入るよい。」

マルコに続いて部屋へ入ると数人のナースと椅子に座っているフィルの姿が目に入る。
やはり具合が悪く寒いのか下半身には毛布のようなものがかけられているが、それよりも少し変だと感じたのはフィルがおれの顔を見るなり驚いた反応をしたことだ。

「こいつならかまわねえだろい。」
「…はい。」

…どうやら事はおれが思っているよりもずっと深刻なのかもしれない。
不安そうな顔をして視線を落とすフィルにそっと近づく。

「どうした?何かあったのか?」
「わ、わたし…足が…」
「え?」

足と言われて視線を移せばさっきと変わらず毛布が目に映る。
もしかして怪我でもしたのかと考えていたところでふと違和感に気がついた。
まさかと恐る恐る手を伸ばせば確かに普段とは異なるそれ。

「その、急に変わって…ひゃっ!?」

感覚だけでは信じられずばさりと毛布を剥ぐ。
二股に別れた滑らかな足は膝に踵、そしてつま先まで続いていて…それこそおれたちと何ら変わらないものだった。

「おいフィル!足だ!お前…げふっ!?」
「今すぐ戻せよい変態野郎。あと静かにしろ。」
「お、おう…。」

あー痛ェ…そんなこと考える余裕なんてあるかっての。
間違ってもおれはそういう目で見てねえからな?

「けどどうしたんだよ、人魚の足が分かれんのってもっと後じゃなかったか?」
「おれもそれが不思議でな…。それにフィルのはおれたちのと変わらねえだろい、本来なら二股になる程度のはずだよい。」
「おふたりとも、」

ナースに声をかけられて。
揃って振り向くとナースは何か言う代わりにその視線をちらりと当事者に向ける。

「…悪い、お前だって戸惑うよな。」

一番困惑しているのは他の誰でもなくフィルなんだろう。
しゃがんで視線を合わせればフィルはぎこちなく笑いながら首を横に振ってみせた。

「このことオヤジには?」
「まだだよい、さっきは向かう途中で…」
「さあさあ、男性陣はご退出願いますよ。」

話を遮られたと思ったらぐいぐいと背を押されて。
単純な力じゃ圧倒的にこっちが勝っているのに逆らうことを忘れてつい流されてしまう。

「お、おい?」
「おふたりは先に船長のもとへお願いします。着替させたあとで一緒に向かいますから。」

ではまたあとで。
パタンと閉まったドアを前にマルコと顔を見合わせ、もう入るわけにもいかないなと次の目的地へ向かうことにした。
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