「だーめーだー!」

エースさんが私をひょいと持ち上げそのまま大きな柱の下に移動させて、残りの人たちで取り囲むように行く手を塞ぐ。
みなさんは怒ってはいないみたいだけれど…でも簡単には通してくれなさそうだということは私にもわかる。

「あ、あの、本当に少し泳ぐだけですから」
「絶対だめだ!」
「そうだぞフィル!海入っちまったらお前に勝てるやついねえんだからな!」
「おれたちがいるかぎりどこにも行かせねえぞ!」
「な、何で私がどこかに行くって思うんです?」

今日は少し暑いしただ純粋に泳ぎたいなって思っているだけなのに、みなさんは私がまるでこの船から逃げるつもりだというような言い方をするから。
私が訊ねるとさっきまで元気のよかった人たちはおろおろとうろたえ、最終的にはしゅんと困ったような顔をする。

「何でって…」
「そりゃあ、だってよお…」
「フィルひでえよ、それをおれらに言えっていうのか…?」

…これじゃあ私がいじめているみたい。
私の中でお母さんのことについてはもう気持ちの整理がついたんだけどみなさんはそれでも心配らしくて、私が海に入ろうとすれば全力で阻止しようとするんだ。

「…勝手に離れたりしませんよ。みなさんにはこれだけお世話になったんです、離れるならちゃんと挨拶くらい…」
「ほらあ!離れるっつった!」
「やっぱだめだ!絶対行かせねえ!」
「なーにやってんだよ。」

また取り押さえられたとき、聞きなれたあの人の声がどこからか聞こえてきて。
みなさんが後ろを見るので私もそれに続くと、頭の後ろで両手を組んだサッチさんが軽い足取りでやって来た。

「海くらい行かせてやりゃいいじゃねえか。今日は暑いし海にいた方が気持ちいいだろ。」
「サッチはフィルが心配じゃねえのかよ。」
「本人がもう大丈夫だっつってんだ。周りが騒いでも迷惑にしかならねえよ。」
「でも隊長ー…」
「あのなあ、お前らが辛気くせえ顔してたらフィルが気にするだろうが。…わかったらさっさと放す!」

そう言いながらサッチさんは私を取り押さえていた手をぱちりと払う。
みなさんはまだ釈然としないようだったけれど…とりあえずこの場は引いてくれたみたい。

「どうかしたか?」

自由になったのに座ったまま動こうとしない私をサッチさんが見下ろす。
…あのときサッチさんが引き留めてくれていなかったらみなさんが考える通り私は今ここにいなかったのかもしれない。
もしかしたらこの世界からも。
そんなつもりはなかったけれど…でもその可能性はゼロじゃなかっただろうし、ひょっとしたらその道を選んでしまっていただろうか。
私自身よくわからない。

「ンな見つめんじゃねーよ。…で、どうした?」

でも。
ひとつだけ確かなことは、今私が後ろを向かないでいられるのはサッチさんが支えてくれたおかげだということ。

「…いえ、何でもありません。」
「フィル」

また聞きなれた声に呼ばれて。
声のした方を見ると、船内に続くドアの前に立つマルコさんの姿があった。

「オヤジが呼んでるよい。あとサッチとエース、お前らもだ。」

ーー


船長室と呼ばれるところに通された。
中へ入ると正面に船長さんが座っていて、その両側に隊長を務めている人たちがずらりと並んでいる。
普段見ることのないその雰囲気は思わず息を飲んでしまうほど。
そんな私に気づいた船長さんは表情を崩してグラグラと笑った。

「悪いことじゃねえさ、そうかまえなくていい。」
「は、はい。…あの、先日は母を弔ってくれてありがとうございました。」
「気にするな。で、話なんだが…フィル、お前はこれからどうしたい?」

…私は今までお母さんとあの海賊を見つけることを目的に海を泳いできた。
この船にお世話になったのもそれが大きな理由。
でも全てが終わった以上、私がこの船にいては迷惑だろうと思う。

「また…今までみたいに海を泳いで渡ろうかなって考えてるんです。まだ行ったことも見たこともない場所がたくさんあると思いますから。」
「…ひとりになっちゃうよ?」

不安そうな声が聞こえて、見ればハルタさんが眉を下げて私を見つめていた。
きっとハルタさんのことだから私のことを案じてくれているんだろう。
あの日の翌日は私が寂しくないようにと一日側にいてくれたほどだし…ハルタさんはお母さんと別れてからの私を知っているから。
もしかしたら何かの拍子で気が変わってしまうことを心配しているのかもしれない。

「そうですね。でも…どこかでみなさんに会うかもしれませんし。」
「フィル、そうじゃなくて」
「ハルタ。」

船長さんの制止を受けてハルタさんはそれきり何も言わなくなった。
優しさが嬉しくてちらりと見てきたハルタさんに笑いかけるとやっぱり不安そうな顔をされる。
すると船長さんが私を呼んで。

「魚人島には戻らねえのか。」
「島に…ですか?」
「ああ。」

小さい頃は帰り方がわからなかったしお母さんのこともあって外の海で長く過ごしてきたから…島に帰るという選択肢は自然と消えていて。
島に帰れば私のことを知っている人は少ないだろうけど、それでもこっちにひとりでいるよりはみなさんが心配するようなこともないだろうと思う。

「あそこはおれのナワバリだ、バカな海賊が手を出してくることもねえし…仲間がいりゃお前だって寂しくねえだろう?」
「でも私、島への帰り方が…」
「そんなモンおれたちが連れて行ってやる。あの島まではだいぶんかかるだろうし寄り道もたくさんすりゃいいさ。もし島に馴染めそうにねえってならその時はまたおれたちと一緒に来い。世界の果てまで連れて行ってやらァ。」

船長さんの提案は私にとって十分すぎるものだった。
言葉のひとつひとつが胸の奥にじわりと広がって、喉はぐっと苦しくなる。

「船長さん…」
「無理強いはしねえ。お前の好きな道を選べ。」

船長さんも、黙って私を見つめるみなさんの目もすごく優しくて。
私はお母さんを亡くしたけれど…その代わりに一緒にいたいと、大切だと思える人がたくさんできた。

「…ごめんなさい、またお世話になってもいいですか?」
「グララララ、いくらでも甘えりゃいい。」

船長さんが笑うと部屋の空気が軽く、そして明るいものになる。
こんなにも優しい人たちに出会うことができた私は本当に幸せ者なんだろう。

「謝ることなんてねえ。またよろしく頼むよい。」
「やった!フィルと一緒!」
「上にいるやつらにも教えてやるか。」
「今日は宴だな、準備しねえと。」
「じゃあ海王類でもつかまえてくるか。だれか行こうぜ。」
「あの、みなさん」

そうと決まれば早速。
それぞれの準備のために部屋を出ていこうとするみなさんを慌てて引き留める。
すると揃って顔を向けるので精一杯頭を下げた。

「ありがとうございます。」
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