怒号や砲弾、それに刀が交わる音。
そして時折聞こえる叫び声。
硝煙に混じって血のにおいが流れてくる。
戦闘になればそれは当たり前のことでおれたちは慣れたものだがフィルにとっては恐怖の対象でしかないだろう。
大きな音が聞こえてくる度にびくりと体を強ばらせ、耐えるように口を横に結んでいる。
「フィル」
「ごめんなさい、…大丈夫ですから。」
まるで自分に言い聞かせているようで少しだけ手に力を込めてやる。
前線にいるわけではないがそれでも戦場にいることに変わりはなくて、肌が切れるようなこの空気が息苦しくて仕方がないようだった。
もう少し下がるかと考えたところで前方からつんざくような叫び声が聞こえて。
フィルが声に煽られて顔を向けようとするので咄嗟に手で視界を奪う。
「見るな」
フィルも察しがついたようでおれが隠さずとも固く目を閉じ顔を背けた。
嫌でも最期を想像してしまうのか、それに耐えるように必死におれをつかもうとしてくる。
「マルコ!」
鮮血が飛散した一帯を横目にすり抜けて。
上空で指示を飛ばしていたそいつを呼べば、おれとおれが抱えているもうひとりの様子を見て瞬時に判断してくれたようだ。
少しだけうなずいてみせたマルコが全体に向かって声をあげた。
「出来るだけ海に落とせ!それが無理なら意識奪えよい!わかったらさっさと片付けちまえ!」
「「「おう!!」」」
海にはナミュールたちがいるからまた船に上がって邪魔されることもないだろう。
出された指示の意図を解した仲間たちがそれぞれの得物を下げて素手で立ち合いを始めていく。
「フィル!がんばれよ!」
「もう少しの辛抱だからな、ちょっとだけ我慢してろよ。」
おれたちのそばを抜けていく仲間がフィルに向かって声をかけ、または肩を軽く叩いていくのでフィルは少し顔を上げ視線でそれを見送る。
さっきに比べれば落ち着いたものの、今だ息苦しそうなことには変わりない。
「怖いか?」
「…少し、だけ。」
「大丈夫だ。オヤジと約束したし、あいつらも…」
言いかけて後ろからの気配を感じて。
瞬時に振り向くとひとりが短剣を構えて飛びかかってきていたので軸をずらして回避すると同時にそのまま首の後ろへ回し蹴りを入れてやった。
…悪いな、今手ェ汚すわけにはいかねえんだ。
「おれもいる。だから心配すんな。」
ぐっと抱き寄せればフィルは黙ったまま、それでも確かに首を縦に振った。
視界に入ってくる景色が怖いならそれを見れないようにしてやればいいし、聞こえてくる音に怯えるならおれの音しか聞こえないようにしてやればいい。
「…おいエース!今回は取りこぼしいらねえぞ!」
「悪ィ!加減間違えたんだよ!」
ーー
ー
それから半刻もすると船は静かになった。
戦闘の気が無くなるとフィルもいくらか落ち着いたようで顔色も戻りはしたが、安心した様子はなく向かう先をじっと見つめている。
広い船内を進んでいると、一番奥の扉の前で煙管をふかしているイゾウの姿が見えた。
「怪我は?」
「させるかよ。」
らしいな。
イゾウはふっと表情を崩してフィルに目を向けると穏やかに頭を一度だけ撫でる。
この扉の向こうは船長室で間違いなく、だからこそイゾウもフィルが心配なのだろう。
それがフィルにも伝わったのか、ほんのわずかではあるが大丈夫だと言うように表情を解いてみせた。
「…フィル、いいか?」
「…はい。」
静かな返事が聞こえて、おれはゆっくりとドアノブに手をかけた。