「……ら降参だって何度も言ってるだろ?この状況じゃあ抵抗する気なんて起きねェよ。」

部屋にはマルコとその傍らにエース、ジョズとハルタは部屋の奥に立っていて中央にはこの船の船長が拘束された状態で座っていた。
おれはこいつの手配書を見たこともないし名前を聞いたこともなかったのでどんなやつか想像すらしていなかったが、姿を捉えるまでもなく声を聞いただけで腹の底が渦巻くのを感じた。
そいつはおれと目が合うとまた増えたとばかりにうんざりとしたような態度を見せる。

「…どうする?」

警戒はしているようだが、そこまで怯えてはいないようで。
顔を上げたフィルがこくりとうなずくのでそっと降ろしてやると、それを見ていたマルコとエースが場所を空けた。

「何だァ?今からアンタがおれの相手してくれんのか?」
「お前はただ質問に答えるだけでいい。」

切り捨てるとそいつはため息をついて顔をしかめる。
おれたちを前にこれだけ口が回って気楽にかまえているところを見るに、前に出会ったやつとは違いそれなりの覚悟は出来ているんだろう。

「十五年前…人魚を捕まえませんでしたか?蒼色がかった髪の人魚です。」

静かに紡がれた言葉を聞いてやはり思い当たることがあったらしい。
やがてフィルをじっとりと観察するように眺めたそいつは、わずかに見え隠れする足元に視線を移したところで目の色を変えた。

「…ああ!そうかそうか!アンタがあの時逃げた子どもか!えらくまあ色っぽくなっちまって…。」

…やめろ、そんな目でこいつを見んじゃねえ。
大袈裟に驚いてみせたあと舐めるように視線を滑らせるそいつが勘に触って仕方がなかった。
思わず手に力が入ってしまったところで後ろにいたマルコに足を蹴られ、静かに息を吐いて無理矢理気を静める。
フィルがこんなにも冷静を保ってるっていうのにおれがこんな調子でどうするんだ。
そいつの視線から逃れるようにフィルは目を伏せていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「答えてください。その人魚…私のお母さんはどこですか?」
「ああ、もういねえよ。」

殺したからなァ。
続けられたそれはあまりにも無情なもので、そいつを除くこの部屋にいた全員が何の反応もすることができなかった。
そいつはおれたちの虚をついたことに気分をよくしたのか、こっちが何か言う前に口を軽くして喋り出す。

「勘違いするなよ?おれも最初は殺す気なんてなかったさ。お嬢ちゃん知ってるか?アンタら若い人魚はそりゃあもう高く売れるんだ。まあアンタは母親の場合は多少値は落ちただろうがそれでも億単位の金が手に入るわけだ。だから捕まえたあとおれたちもいい買い手を探してたんだが…その途中で困ったことが起きちまってなァ。何だと思う?」

わざとらしくフィルを見上げたそいつは今のフィルの状態をわかったうえで訊いたに違いない。
何かを考える余裕もなく、返事なんてとても出来る状態ではないということを。

「足がおれたち人間みたいに分かれたのさ。あん時ゃ本当に驚いたなあ。まあそうなると一気に価値が落ちるしたいした金にもならねえだろ?それに出してくれやら娘がってうるさかったし…だから殺した。もちろんただ殺すだけじゃ気分も晴れねえから散々楽しませてもらったけどな。最高だったぜ?アンタの母親。使い慣れてねえカンジがたまんなくてよォ、本当子ども一人産んだなんて思えねえくら」
「黙れ。殺すぞ。」

全てが目障りだった。
その声も、態度も、表情も。
その目でフィルを映すことさえも許せなかった。
すぐにでも殺してやりたかったが、かろうじてそれをしないでいられたのはおれのすぐ傍にフィルがいたからだ。

「フィル」

声に出したのはもちろん心配もあったが自分を制御するための方が大きかった。
見るとおれの声に何の反応も示さないフィルの体はかたかたと震え、その目は何も映していない。
泣いてはいないようだが話を受け入れられていないのは明らかで、いつ糸が切れてもおかしくない状態だった。

「あの世で母親に会ったら言っといてやるよ。アンタの娘は母親の不幸な話聞かされても泣かねえくらい立派に育ちましたってなァ。」

げらげらと室内に響く声は雑音以外の何物でもない。
手の感覚がなくなるほどに強く握りしめ、柄に手をかけてしまいそうになるのを必死に抑える。
まだだと自身を押し殺し、やっとの思いで口を開いたがその声は普段よりずっと低かっただろう。

「マルコ。フィル連れて船戻ってろ、…見せたくねえ。」

これ以上は何も言えなかった。
言えば、おれの方がどうにかなってしまいそうだったから。
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