「お、あいつら撃ってきやがったぞ。」
「手応えありそうか?体が鈍って仕方ねえよ。」
「あの海賊旗…確かまあまあな額かかってたと思うけどなあ。」
「けどおれらの相手にゃ役不足だろ?さっさと片付けて飲み直そうぜ。」

騒ぎを聞き付けて船内からぞろぞろと野郎共が出てきた。
ぱきりと手を鳴らして戦闘に意欲的なやつもいれば欠伸をしながらまだ眠そうに目を擦っているやつもいる。
まあまあでかい船ではあるが…それでも一隻でしかない。
海軍のお偉いさん方が軍艦何十隻も連れてくるってなりゃちょっとはやる気も出るし面白くなるんだけどなあ。
点けたばかりの煙草を消しているとオヤジが甲板に姿を現した。
後ろからついてくるのは頭を抱えたそうに眉を下げているナースの姉さん方だ。

「どこのヒヨッコ共だ?元気があっていいじゃねえか。」
「船長、今は安静に…」
「固えこと言うんじゃねえよ。お前たちが動くなっつうから退屈で仕方ねえのさ。」
「じゃあお酒を控えてください!」

困ったように叫ぶナースにオヤジはまるで他人事のようにグラグラと笑う。
管の繋がれた体でさらに酒を飲もうとするもんだからそれを見たナースがまた声を上げるし…オヤジのそれはもう治らねえもんだと諦めちゃいるが、おれとしてはせめて腹に何か入れてほしい。

「オヤジ、あんなやつらおれたちに任せてナースの言うこと聞いてくれよい。」
「そうだよ、とばっちり喰らうのはぼくらなんだからさ。」

マルコもハルタもほとほと困り果てた様子で。
さらに周りにいたやつらも続くとオヤジは渋い顔を見せながらも笑って返事をしてくれた。
姉さん方の怖さはこの船に乗ってるやつなら全員知ってることだからなあと苦笑しかけたところで接近中の海賊を放置していることを思い出す。
少しも相手にされてねえなんて全く不憫なやつらだ。
まあそれでもこのままいけば戦闘になるだろうから今のうちに下がらせておいた方がいいだろう。

「フィル、危ねえから中入ってろ。オヤジたちと一緒にいりゃ安全…フィル?」

隣にいたフィルはおれの声も届いていないのか真っ直ぐ海賊船を見つめていて。
明らかに様子がおかしいと思ったのは薄く開いた唇が少し震えていたからだ。

「どうした?」
「…あのふね、です」

私が探してた海賊船。
途切れ途切れに告げられた言葉に思わず息を詰めた。
それを聞いていたやつらも驚いた様子で向かってくる海賊船を凝視し、またはフィルに声をかけ始める。

「あ、あいつらが!?」
「マジかよ、いきなりだな…。」
「おいフィル!それ本当かよ!」

返す余裕もないらしいフィルがふらりと倒れそうになるので慌てて支えてやる。
おれもまさかとは思ったがフィルの怯えたような表情を見てそれが嘘でも何でもないということを悟った。

「大丈夫だ。すぐ片付けて母親と会わせてやる。」

やはり聞こえていないようだ。
恐らくは視線を外したいであろうフィルはそれでも恐怖で体が言うことをきかないのか真っ直ぐに船を見つめたままで、そればかりか浅い呼吸を繰り返し始めた。
あまり良い状態とは言えない。
近くにいたナースに目配せをすると、おれの考えを感じ取ったナースがフィルにそっと歩み寄る。

「フィルを頼む。付いてやってて」
「…わたしも」

少し冷えた体がおれから離れる。
フィルは心配するナースに一度頭を下げて見せ、そのあとおれに向き直って。

「私も連れていってください。お願いします。」

どこか弱々しく、けれどはっきりと口を開いておれを見つめる。
周りからは戸惑うような声が聞こえてくるがおれはゆっくりと首を横に振った。

「だめだ。すぐ終わるからオヤジと一緒に待ってろ。」

本当は怖くて仕方がないんだろう。
その証拠に体は小さく震えたままで、その表情が不安そうなのは間違えようのないことだった。
それでもフィルにとってはどうしても退けないらしくおれの目を真っ直ぐに見て少しもそらそうとしない。
わざわざ辛い記憶を呼び起こす必要はないし、戦闘の中に入っていけば万が一ということもある。
それに、もしかしたらフィルの母親はもう。

「早く会いたいんです、…お願いします。」

絞り出すような声が聞こえて即座にその考えを打ち消した。
フィルは今日のために今まで生きてきたんだ。
会わせてやるって約束したおれが信じてやらなくてどうする。

「…わかった。」
「サッチ!」
「危ねえと思ったらすぐに退く。それでいいだろ。…オヤジ、」

どうしても譲れないことは誰にだってあるし、フィルにとっては今がそうなんだろう。
納得がいかないように声を荒げたマルコを一別してオヤジを見ると、オヤジはたっぷりとおれを眺めてから。

「しっかり守ってやれ。大事な愛娘に傷ひとつでもつけられてみろ、承知しねえぞ。」
「ああ。」
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