ピークが過ぎて一段落ついたら次は夜の仕込み。
その前に一服つこうと甲板に出れば、マストに背をあずけて座りながら話をしている人魚と野郎の姿があった。
初めの頃は海にいることの方が多かったフィルだが最近じゃこうして甲板にいるところを見るのも増えてきて。
ずっとひとりだったし種族のこともあるから今までは距離感がわからなかったんだろうが…もう前ほど心配はいらないらしい。
マルコも声かける回数減らしてるみたいだからな。

「この間の島?んー…でかい島で賑やかだったし観光目的のやつらも結構いたな。あとは…うん、酒がうまかった。」
「そうなんですか?」
「ああ、たぶん水が良いんだろうな。オヤジも結構気に入ってたみたいだし。そうだ、フィルも飲むか?何本か買ってきたんだ。」

どうやら一昨日出航した島の話をしているようだ。
フィルは島に降りない代わりにその島がどんな様子だったかだとか雰囲気はどうだったとか、何が特徴的だったかということなどをみんなに聞くのが楽しみらしい。
まあそれはいいんだが…

「で、でも私お酒弱いんですよね?この前すぐ寝ちゃったみたいですし…。」
「え?…あ、ああ、そうだったな。まあちょっとだけならだいじょーぶだって。度数低いのもあるからそれ」
「こら。」

割り込んでやればびくりと肩を跳ねさせる人魚と野郎。
まあ驚き方は同じでも理由は全然違うだろうがな。

「げ、サッチ隊長…。」
「あん?おれだと何か都合悪いって言いぐさだなあ?」
「だ、だって隊長ってば特に厳しいじゃないっすか。」
「何が。」
「そりゃあフィルにさ…いてっ!」

不穏な言葉が聞こえそうだったので言い切る前に軽く制裁を加えてやった。
話についていけていないフィルはびっくりしたような顔をしているがそのフォローは後回しにさせてもらう。

「この前決まったこと忘れたんじゃねえだろうな?」
「もちろん覚えてますって!でも、ねえ?あんなの見ちまったら、その」
「ほー…?」
「!そ、そろそろ見張り行ってきます!」

逃げるようにその場を離れ、マストをするすると登っていく。
その様子を眺めながらため息をひとつついていると、それまでおれたちのやりとりを見ていたフィルが遠慮しがちに声をかけてきた。

「…あの、」
「ん?」
「この前決まったことって何ですか?」

睫毛の長い目をぱちぱちと瞬かせて。
幸いにもあの時の記憶は一切ないらしいフィルが不思議そうに訊ねてくる。
…ホント、覚えてなくてよかった。

「あー…まあ仕事のことだな。そう、仕事。」
「お仕事…ですか?」
「おう。だから気にしなくていい。」

まあ遠からず近からず。
あのあと早急に開かれた家族会議で決まったことと言えば宴以外でフィルに酒を飲ませないこと、宴の時フィルには必ず誰か隊長格が付くこと、それから付いた隊長格が落ちないか周りのやつが目を配ること。
特にふたつめなんて絶対に当たりたくねえ。
そりゃフィルの相手はしてえけど…それよりも落ちる確率が高すぎるから絶対にごめんだ。
負けりゃ長男さまからの特別フルコースが待ってるからな、おれはまだ死にたくねえ。
これでも自信あったんだぜ?いろんな女相手にしてきたし女の落とし方について言えばそれなりに心得てるつもりだったからちゃちゃっとおとなしくさせる予定だったんだ。
なのにアレだからな…くそ、あん時のフィルは本当凶悪だった。

「どうかしましたか?」
「…いーや、別に。」

今はこーんな無垢な顔してんのになあ。
若干悔しいとは思うが…それよりも今はこの視線のせいで落ち着かねえ。
煙草を一本取りだしそれにかちりと火をつけた。

「あ、休憩ですか?」
「少しだけな。コイツ吸ったらまた戻る。」

たっぷり吸い込んで、たっぷりと吐き出して。
今だ向けられる視線が気になってこれじゃあ休憩しているのかよくわからない。
それでもこの場から動く気にはなれず、なら空を仰ごうと思って上を見たと同時に声が響き渡った。

「海賊船だー!」
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