「た、助けてくれ!まだ死にたくねえ!」
戦闘はあっけなく終わった。
向こうから仕掛けてきたわりに手応えもねえし…船がでかくて人数が多いだけ。
こんなんじゃ肩慣らしにもなりゃしねえ。
お仲間が海に落とされまたは甲板に散らばる中、この船の船長だった男は腰を抜かしながらがたがたと震えて命乞いをしてくる。
「うわ、かっこわるー。」
「同感だよい。情けねえ。」
「お前それでも船長かよ?」
おれと同じく戦闘にあたったハルタとマルコ、そしてエースが呆れた様子でそれぞれに口にする。
その後ろにいるジョズは何も喋らないもののこいつらと同じことを思っているとみて間違いないだろう。
「命とる気はねえよ。それより質問に答えてくんねえ?」
膝を折り、目線を合わせる。
殺されない道があるとわかったそいつは安堵の表情を浮かべ嫌に協力的な返事をしてきた。
「蒼色がかった髪の人魚を捕まえたって海賊知らねえか。十五年前の話だ。」
「人魚?…さ、さあ、聞いたことねえな。それに人魚なんてそうそう捕まえられるもんじゃねえだろ?」
「嘘ついてんじゃねえだろうな?」
「!こ、この状況で嘘ついて何になるんだよ!」
…この様子じゃこれ以上は何も出てきそうにない。
まあこの時代だから海賊なんて星の数ほどいるし、話も十五年前のことだからそう簡単に見つかりはしないだろう。
その一団の特徴か何かがわかればもっと探しやすいんだが…ただフィルの記憶に問題がある。
幼少の記憶で、さらに言えば恐怖を植え付けられるような出来事だったためかフィルもその海賊のことをよく思い出せないらしい。
何かの拍子で思い出すかもしれないが、それまでは無理を強いても逆効果だということでこのことに関しては目立って触れないようにしている。
こいつらもはずれだったかと息を吐くと、そいつはおれをうかがうように見てきた。
「あんたら…その人魚捜してんのか?」
「…だったらどうした?」
「悪いことは言わねえ、もう諦めた方がいいぜ。あんたらも知ってるだろ?人魚がどれだけのモンか。十五年前の話ならもうとっくに」
「殺されてえの?お前。」
ちり、とおれの中で何かが燃える。
目の前のそいつは血の気が引いたような顔をしてまたがたがたと怯え始めた。
「ちょ…サッチ落ち着けって、な?」
「冗談だって。ただいらねえことべらべら喋りやがる親切な海賊にちょっと礼するだけだ。」
「お前言ってることめちゃくちゃだぞ!?」
「ジョズそれどっかやって!早く!」
おいおい、冗談だっつってるだろ。
エースはおれを後ろから羽交い締めし、その間にジョズがひ、と声をもらした敵の長をつかむ。
そのまま思いきり腕を振りきるとそいつは海上を飛び、その姿はみるみるうちに小さくなって最後には海に消えた。
そういやこの辺は気性の荒い大型の肉食魚が多かったか。
まああいつじゃ腹の足しにもなりゃしねえなとひとり考えていると、おれに近づく影がひとつ。
振り向くと眉間にしわを寄せて何か言いたげな顔をするマルコだった。
「…わかってるっての、悪かった。」
少し脅そうとは思ったもののそういう行動を起こすつもりはさらさらなかったが…まあこいつらがそう感じたのなら多分そうなんだろう。
大袈裟に肩をすくめてみせると、マルコは若干不満そうにしながらもそれ以上は何も言わずくるりと背を向けた。
おれも戻るかなと足を踏み出そうとしたところでハルタがぴょんと目の前に躍り出て。
「目、こんなのになってる。船戻る前にちゃんと直しといてよね。」
ぼくらはいいけど見せちゃだめな相手がひとりいるでしょ?
自身の両目を指でつり上げておれを真似てみせるハルタにああ、と短い返事をした。
ーー
ー
マルコとジョズはオヤジへ報告に、エースとハルタは小腹が空いたと訴えてくるので仕方なしにふたりを引き連れ食堂へと向かう。
おれはシャワーでも浴びたかったんだけどなあ。
たいして体を動かしたわけでもないのに肌がべたついて気持ちが悪く、それに加えて気分が最悪。
それもこれもあの一言を聞いたせい。
フィルは母親があの海賊の元で生きていて、いつか会えると信じている。
おれもそうであればいいと思うし、会わせてやるとも言った。
なのにああも過剰に反応してしまったのは結局のところおれもどこかで現実的な思考をしてしまっているということの表れだろう。
「腹へったあ。」
「喉渇いたー。」
「わかったから黙ってろ。」
食堂へと続くドアを開けると普段と何も変わらない光景があった。
昼寝するやつに飯食うやつ、それからたわいもねえ話をするやつら。
そこにはフィルの姿もある。
…そうだ、何も変わっちゃいけねえ。
足を向けると気づいたやつらが次々に声をかけてきたので軽い返事をしていく。
「おかえりなさい。あの、怪我とか…」
フィルはおれたちの姿をとらえるなり立ち上がって。
近づけば不安そうな顔で見上げてくるのでひらりと両腕を広げてみせる。
「してねえって、ほら。他のやつらもな。」
「あんなの余裕だって。」
「そうそう、能力使わなくたって勝てるぜ。」
「…よかった。」
フィルはきっと荒事や誰かが傷つくといったようなことは好きじゃないんだろう。
フィルがおれたちと行動を共にするようになってから何度か海戦があったがその度に不安そうな、まるで迷子になった子どものような顔を見せていた。
おれたちの力を信用していないというわけではなさそうだが、母親の件や今までの経験から少し敏感になっているのかもしれない。
「サッチ、おれもう限界…。」
「干からびるー。」
人が真面目に考え事をしている最中だというのに、エースとハルタは間抜けな声を出しながら揃って近くのテーブルに崩れる。
もうこれ以上動く気はないらしい。
…お前らさっきまで小腹が空いたって言ってなかったか?
「わかってるっつーの。フィル、お前も何かいるか?」
「ありがとうございます。でもその前に海に行ってきてもいいですか?」
「ああ、いいけど…。」
「この辺りの海は長生きしてる友だちが多いってナミュールさんが教えてくれたんです。だからお母さんのことを聞いてみようかなって。」
瞬間反応してしまいそうになるがそれを押し止める。
フィルはきっと信じている。
信じているからこそ、今こうやって笑っていられる。
なのにわざわざ不安にさせるようなことをする必要はねえ。
「そうか。じゃあ待ってっからな。」
おれは会わせてやるって約束したんだ。