ばちばちと燃え盛る大きな炎を囲んでの宴会…キャンプファイヤーというものが始まった。
食べて飲んで、歌って騒いで。
ここの人たちは本当に楽しいことが好きなんだなあと思う。

「どう?楽しんでる?」

すっと私の隣に座ったのはハルタさん。
手には赤くて丸い果実がふたつあって、そのひとつを私に差し出してくれる。

「食べたことある?甘くておいしいよ。」

言いながらしゃく、とかじる姿を見ていればにっこりと笑われて。
私も真似をしてかじるとハルタさんは満足そうな顔をした。
初めて食べたけど…うん、甘くてみずみずしくておいしい。

「うるさくて疲れちゃった?」
「いえ、少し暑くなったので避難してました。」
「そっか。」

早々に食べ終わったハルタさんは私を眺め始める。
ちらりと目を合わせてみてもにこりと笑ってじっと視線を送られて。
嫌とは思わないけれど…何だか恥ずかしくて緊張するなあ。
少し落ち着かないながらも全て食べ終わると、ハルタさんがやっと話しかけてきた。

「ねえ、フィルの母親ってどんな人なの?」

ここに来てからその話題を振られたのは初めてで。
ほんの少し戸惑う反応を見せてしまったけど、ハルタさんは表情を崩すことなく私を見つめている。

「…五歳までの記憶ですけどいいですか?」
「うん。」

あの海賊のことを訊ねられたことはあった。
でも探すならお母さんのことも知りたかったはずなのに。
ここの人たちは優しい人ばかりだから、きっと気をつかってくれていたんだろうなと思う。

「お母さんは優しくてきれいで…私が眠るときにいつも唄を歌ってくれるんです。」

悲しくなるのが嫌で私自身お母さんのことを思い出さないようにしてきた部分もあった。
けれど今はどうしてかそんな風に思わなくて…懐かしいなとさえ感じるから不思議だ。

「唄?」
「はい。子守唄みたいな…それがすごく好きで。あ、この髪の色お母さん譲りなんですよ。」
「そうなんだ。」

さらさらと手で髪をすく。
人魚の中でもこの色は珍しくて、遠くからでもすぐお母さんを見つけられて嬉しかった記憶がある。

「お母さんとはずっと一緒でした。私寂しがり屋で…ひとりになるとすぐ泣いてたから。」

私が泣くとお母さんはすぐ飛んできてくれた。
「どうしたの?」って訊いてくれて、そのままぎゅっと私を抱きしめてくれて。
私はその瞬間が大好きだったんだ。

「…別れてからも?」
「最初の頃はそうでしたね。」
「それからは?」
「…時々、です。」

そう、時々。
広い海にひとりでいると、ふと急に襲ってくる寂しさに我慢できなくなるときがあって。
呼んでも来ないことはわかっているし、何も変わらないということもわかっている。
けれどその気持ちを抑えきれなくて一言こぼしてしまうと、関が外れたようにぼろぼろと溢れだして止まらなくなる。
そういえば昔も今もそうなるのは夜だったなと思っていれば、隣のハルタさんがにっこりと笑った。

「ここじゃそんなこと思う暇もないでしょ。」
「え?」
「ほら」

ハルタさんが向いた方を私も追うと、その先はわいわいと賑やかな場所。
たくさん人がいるけれど…その騒ぎの中心にいるのは何やら慌てているサッチさんと、そんなサッチさんに詰め寄っているマルコさんのようだ。

「マ、マルコ!ちょっと待て!今楽しい時間だから!な!?」
「…ほら、待ってやったよい。もういいよな?」
「!やめ…あ"ーっ!!」

青色の炎がこぼれる足を振り上げてマルコさんがサッチさんに襲いかかる。
どうみても遊びと思えないそれに大丈夫かなと心配になっていると、必死に身を守っているサッチさんと目があった。

「マルコやめろ!ほ、ほらフィルが見てるぞ!フィル助けてくれ!こいつどうにかしてくれ!」

その声でこっちを向いたマルコさんとも目があってしまい、その一瞬あとに片手で何やらジェスチャーのようなものをされて。
え?と思う暇もなく今度は目の前が急に真っ暗になった。

「ハ、ハルタさん?」
「見せるなって、マルコが。」

くすくすと笑う声と同時に目を覆っているものが揺れる。
どうやらさっきのはハルタさんに向けたものらしい。
もう少し待ってねという言葉に従うこと数十秒、大きな悲鳴が聞こえてきた。
そのあとの私の視界にはぴくりとも動かなくなったサッチさんとそれを見下ろすマルコさん、そして周りで楽しそうに笑うみなさんが映って。
慣れたことなのか隣のハルタさんも特に気にする様子もなく可笑しそうに笑っている。

「ああ、アレは放っといたらいいよ。いつものことだし。」
「で、でも」
「いーのいーの。それよりあっち行こ?みんなフィルと話したいって。」

差し出された手に少し戸惑いながら自分のものを重ねる。
ハルタさんに連れられながら、そういえばここの人たちと出会ってからは一度も泣いていないことに今さら気がついた。
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