月がとってもきれいだ。
丸くて、空には雲もなくて、照らされた海がきらきら光ってる。
こんな夜はただぼうっと波に身を任せているだけでも気持ちがいい。

「フィル」

ちゃぷ、と水を切ったところで穏やかな声が降ってきた。
見上げれば少し変わった服に身を包んだイゾウさんが顔を出していて。
手を振る姿がとてもゆったりとしていてきれいだなと思う。

「少し付き合ってくれるか?」

視線と手で示した先はこの船で一番高い場所。
あまりの高さに首が痛くなりそうだ。

「見張り番なんだ。話し相手がほしくてな。」
「私でよければ喜んで。」

もはや私専用になってしまったであろうロープで引き上げてもらう。
再度仰ぎ見てみると、その場所のもうひとつ上ではばさりと旗がなびいていた。

「高いとこ平気か?しっかりつかまってろよ。」

私をおぶったイゾウさんはするするとロープを伝って高度を上げていく。
その表情には我慢や疲れなんかは一切見えなくて、見た目よりもずっと体力のある人なんだなあと思う。

「イゾウさんって意外と力持ちなんですね。」
「まあ体の線が細いからそう見られがちだがな。女ひとりくらいわけねえさ。」

それからしばらくと経たずに一番上までたどり着いて。
気を付けろよと声をかけてくれたイゾウさんに返事をして見張り台に立つ。
そこから見える景色に思わず声がこぼれた。

「…きれい。」
「見えんの海だけなのにか?」
「そうですけど…」

私がいつもいるところよりもずっとずっと高い場所。
見渡す限りに海が広がっていてそれ以外は何もない。
月の明かりを受けて輝く海はさっきまで私が見ていたものと同じとは思えないほどで、ざあと吹く風が別世界を思わせる。

「…でも、すごくきれい。」
「おれは今のアンタの方がきれいに見えるけどな。」

見ればイゾウさんは笑っているのに、けど妙に真面目な顔をしていて。
この船の人たちは私のことをきれいだと言うけれど…わ、私よりもナースさんたちの方がずっときれいだと思う。
でも、こんなに面と向かって言われるとさすがに恥ずかしい。

「え、えっと…」
「くくっ、…これ以上は止めとくか。あんまりからかうと口うるせえ長男様にどやされちまう。」
「誰が口うるせえって?」

ぼうっ、と炎が燃える音が後ろから聞こえたと思ったら半獣化したマルコさんがいて。
眠そうな、それとも疲れているような…わからないけどちょっと機嫌が悪そうに見える。

「何だ、いたのか。」
「偵察の帰りだよい。」
「ご苦労さん。次はフィルも連れてってやったらどうだ?上から景色眺めるのが」
「あー!あんなとこにいた!」

今度は誰?
顔だけ出して下をのぞくと、こちらを指差しているハルタさんにエースさんとサッチさんの姿まである。

「何話してんだ?おれらも混ぜろ!」
「せっかくだから月見酒でもするか?つまみつくってくるから誰か酒頼むわ。」
「じゃあおれが行くよい。報告もしてえしな。」

マルコさんがばさりと飛び立って、サッチさんが船内に戻って、ハルタさんとエースさんがこっちに向かい出して。
隣のイゾウさんはくつくつ笑っている。

「一気にうるさくなっちまったな。」

何だか呆れたような言い方だったけれど。
それでもイゾウさんは優しい顔をしていて、それでいて楽しそう。

「ふふ。…でも、私もこっちの方が好きです。」
- ナノ -