穏やかな波にゆらゆら揺られながら今日もこの船は広い海を進んでいる。
甲板では気持ち良さそうに眠っている人、鍛練している人、みんなでお話をしている人…いろんな人がそれぞれの時間を過ごしていて自由そのものだ。

「フィル、ほらここ持て。あー、そんな力入れなくていいから。」
「こうですか?」
「そうそう。そんで糸に反応があったら引くんだ。わかったか?」
「はい。」

私はというと、今はエースさんに誘われて釣りというものをしている。
エースさんは二番隊をまとめている人で、元気で明るくて食べることが大好きみたい。

「あはは、人魚が魚釣りって。フィルはどうなの?」

頭の後ろで両腕を組んで近づいてきたのはハルタさんだ。
ハルタさんは十二番隊の隊長さんをやっていて、若くて他のみなさんと比べて小柄なのにすごく強いんだって。

「初めてなのでよくわからないですけど…変な気分です。」

魚釣りというものはお魚を釣ることを楽しむものらしい。
釣れた方がいいのかもしれないけれど…で、でもやっぱり釣れてほしくないなあ。
エースさんには悪いけどこっそりお話しして引っ掛からないようにしてもらおうかなと考えていたら、上から大きな声が聞こえてきた。

「島が見えたぞー!」

ーー


「いやっほーう!」
「今日は遊び倒すぞー!」
「上陸だー!」

そこから船は大騒ぎ。
上陸の準備だとかでばたばたとしているうちに、あっという間に船は入り江に着いた。
準備ができるやいなや、みなさんが次々に船を降りていく。

「どうかしたか?」
「みなさん楽しそうだなって。」
「まあ普段は海の上だからな、上陸するときはいつもこうだ。」

さっきまで同じ隊長さんたちと集まっていたサッチさんが声をかけてくれた。
聞くと、上陸になるとそれぞれの隊や隊長さんには仕事が割り振られるみたいでそのお話をしていたらしい。

「サッチ隊長ー!先行ってますよー!」

陸から大きく手を振る姿が見えたと思ったら、嬉しそうに声をあげながら駆け出していく。
その後ろ姿を見たサッチさんはがしがしと頭をかきながらため息をついた。

「リスト持ってんのおれだってのに…ったく。フィル、お前も一緒に来るか?」
「いえ、移動とか迷惑かけちゃいますから船番の人たちとお話ししてます。」
「けど島降りたことねえんだろ?」
「そうですけど…もし見つかると大騒ぎになっちゃいますし。大丈夫です、誘ってくれてありがとうございました。」

誘ってくれたことが純粋に嬉しかった。
誰かにそんなことを言ってもらえることなんて今までなかったから。
この船の人たちといると…本当に優しい気持ちになれる。

「わかった。土産買ってくるからいい子にして待ってろよ。」

そう笑ったサッチさんが私の頭をぽんと撫でて。
何だか扱いが子どもみたいだなあと思う。

「お留守番する子どもですか?」
「だってそうだろ?…じゃあな、行ってくる。」

くるりと背を向けたサッチさんが船を降りていく。
すると、近くからこんな声が聞こえてきた。

「…あーあ、いいなーあいつら。」
「ほんと。初日船番とかハズレもいいとこだよ。」

船の縁に座って羨ましそうな視線を島に送るのはエースさんとハルタさんだ。
みんな上陸するのが楽しみなんだなあと思っていたら、ふたりがぴょんと飛び降りて私の方へ向かってくる。

「よかったの?サッチは普段あんなのだけど一応隊長格だしフィル守るくらいわけないと思うけど。」
「そうだぜ。島、興味あるんだろ?」

言われて島に視線を向けた。
緑がたくさんあって、大きな建物がたくさんあって…島中の楽しそうな声がここにいても聞こえてくる気がする。

「降りてはみたいですけど…でもやっぱり迷惑かけちゃいますし。こんなに近くで見られるだけでも嬉しいです。」
「…本当にいいの?」
「大丈夫ですよ。…でも、ちょっとだけみなさんが羨ましいです。」

嘘だ。
ちょっとだけなんかじゃない。
けれどこれはどうすることもできない問題。
人魚であることが嫌だと思ったことはないし、こんなに広い海を自由に泳ぐことができるのは本当に幸せだと思う。
…でも、この世界を自由に見てまわるにはこの姿だと障害がありすぎるから。

「おれはフィルの方が羨ましいけどなー。」
「エースはカナヅチだもんね。」
「仕方ねえんだけどなー、やっぱ海入りてえんだよ。」
「じゃあ今度一緒にどうですか?背中に乗ってもらえれば溺れなくてすむと思いますし…。」
「本当か!?やった!」
「え、ずるい!フィル!ぼくもぼくも!」
「いいですよ。」

楽しそうにするふたりに笑ったあと、私はもう一度島に目を向けた。
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