腹が減ってはなんとやら、というのは正しい。
現にお腹が満たされ始めた私はようやく落ち着きを取り戻した気がする。
そう、驚いてばかりじゃいられない。
今は先生の家に来ているんだから先生のことをもっと知る絶好の機会なんだ。

「(…普通だ。)」

くるりと部屋を見渡すと大学の部屋とは正反対、物が少なく片付いているという印象を受ける。
てっきり家の中も乱雑だと思ってたけどそんなことはなかったらしい。
何か特徴的なものってないのかなあ…。

がちゃ。

お茶を飲みながら視線だけ動かしていると、お風呂場のドアが開いた音が聞こえて。
そのあと続けて廊下を素足で歩く音がした。

「先生。おいし…きゃあああ!?」
「…うるせえな、急にどうした。」

先生はあからさまに面倒そうな顔をして部屋の中に入ってくる。
い、いや!それ以上こっちに来ないでください!

「ど、どうしたはこっちですよ!先生何で裸なんですか!」
「はあ?下はいてるだろ。それにおれの裸なんて初めてじゃ」
「そういう問題じゃないんです!服!服着てください!何でもいいからはや」
「わかった。…わかったから静かにしてくれ。」

――


私の隣に座った先生はビールを片手につまみを食べ始めた。
ビールが減る度に鳴る喉の音に戸惑いを感じてしまう。
それにタオルでふいたままの髪も初めて見るせいか心臓に悪く、何だか落ち着かない。

「…逃げるなっての。」
「!…に、逃げてはないです。」
「じゃあこっち来い。」

先生はそう言いながら私の肩に手をかけ体ごと引き寄せた。
やっぱりちゃんとふいていないらしく、先生の髪の先から時折ぽたりと滴が落ちている。
先生が動く度に濡れた髪が肌に触れて冷たい。

「…先生は髪、乾かさないんですか。」
「面倒くせえ。」

そう言ったあと、先生の喉がごくりと鳴った。
不思議だ。
先生は私の方を見ていないのに、ただ先生の隣に座っているだけなのに、何でこんなに心臓がうるさいんだろう。
やっぱり初めて家に来たからだろうか。
お風呂からあがったばかりで先生の体温が少し高いからだろうか。
いつもは部屋のソファーから見ているばかりで、こんな距離にはいないからだろうか。

「どうかしたか。」

ふいに先生が私を見る。
目は鋭いのに怖くはなくて、ずっと見入ってしまいそうだ。

「…私、先生のことが好きみたいです。」

予想外の返答だったのだろう。
先生が何度かまばたきを繰り返した、そのあと。

「何だそりゃ。」

吹き出したように笑った先生を見て、私はやっぱりこの人が好きなんだなと思った。
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