日付が変わる10秒前から一緒にカウントダウンをする、これは私とサッチさんの中での決まりごとなんだ。
0になったらお互い手に持ったクラッカーを鳴らしておめでとうって言い合う、これも決まりごと。
今回はそんな決まりごとを逆手にとった作戦。
@ケーキを取りに行ってくるって出てったきりいつまでたっても戻ってこない私をサッチさんが気にしだす。
Aもうすぐ日付が変わっちゃうってときにマルコ隊長が登場、私のことを見かけてないかって訊くだろうサッチさんに目撃情報を提供する。
Bそこからサッチさんが私を探しに出てる間、私はエース隊長に手伝ってもらって部屋の飾りつけ。
サッチさんが向かう先では私の作戦の協力者がいて、私の次の行き先を知ることができるようになってる。
そうやっていつくかの場所を順々に辿っていって…最終的に部屋に戻ってきたサッチさんにクラッカーを鳴らしておめでとうって言うんだ!
家族にはあらかじめ「サッチさんを見かけたらおめでとうってお祝いしてほしい」って伝えてあるから、ただサッチさんをびっくりさせることだけじゃなくて『たくさんの家族からお祝いされて幸せサッチさん計画』も同時遂行できちゃう。
さすがマルコ隊長発案…完璧な作戦です!
…って思ってたんだけど…

「遅いなあ…。」

30分もあれば部屋に帰ってこれる計算だったのに…もうかれこれ1時間は経ってる。
エース隊長も様子を見てくるって出てったきりで一向に戻って来る気配がない。

「早くおめでとうって言いたいのに…。サッチさんまだ探してるのかなあ。」

みんなの情報通りに辿っていけばちゃんとここに着くはずなんだけど…誰か言い間違えちゃったのかもしれない。
こっちの準備は万端だ、うずうずしてついクラッカーを鳴らしてしまいそうになる。
頑張ってつくったケーキも早く食べてほしい。

「…うん、ちょっとだけ様子見に行こう!」

部屋から少し顔を出して左右を確認、静かに船内を移動する。
やっぱりサプライズはしたいからサッチさんに出会ってしまわないように注意しないとね。
とりあえず最後の人…イゾウ隊長のところに行ってみよう。

ーー


「…イゾウ隊長、私です、フィルです。」

トーンを落として様子をうかがう。
ドアを開けると、キセルを持ったイゾウ隊長は不思議そうな顔をしていた。

「どうした?部屋で待つんじゃなかったのかい。」
「だったんですけど…サッチさんまだ帰ってこないんです。だから様子を見に。イゾウ隊長のところにはまだ来てませんか?」
「まだ来てねえな。おれの前のやつのところに行ってみたらどうだ?」
「はい、そうしてみます。」

頭を下げて体を反転、次に向かうのはハルタ隊長のところ。

「フィル」

2、3歩足を進めたところで呼び止められて。
後ろを向けば、緩く笑ったイゾウ隊長が5文字の言葉を贈ってくれる。

「ありがとうございます。」

にっこり笑う私に早く行けと手で合図されてしまった。
…私も早く言いたいなあ。

ーー


「ハルタ隊長、」

通路で数人と立ち話をしているハルタ隊長に声をかける。
もちろん全員が私の作戦の協力者で、私がここにいてほしいとお願いしていた場所。
ここならみんなよく通るし、立ち話をしている風に装っても変じゃない。
それに、サッチさんにここを通ってもらえればよりみんなからお祝いされやすいもんね。

「あれ?フィルどうしたの。サッチならまだだけど?」
「え?おかしいなあ…。」
「あ、そうだ。さっき食堂の方が騒しかったけど…サッチの声っぽかったかも。行ってみたら?」

あれ?食堂は一番最初に向かう場所だから普通ならもういないはずなんだけど…まあとりあえず行ってみよっか。

「はい、ありがとうございます。」
「頑張ってね。…あ、それから」

その場を離れかけた私へ、通路に響かないように少し落とした声でのお祝い。
私は内緒話をするみたいに小さな声でお礼を言い、その代わり手は大きく振った。

ーー


少し開けたドアからサッチさんの姿がないことを確認して食堂へ。
お酒を交えながらカードゲームをしている輪に近づき声をかければ、やっぱり不思議そうな顔をされた。

「フィル?部屋にいなくていいのかよ。」
「それがね、サッチさんまだ戻ってこないから様子見に来たんだ。」
「そうか、けどここにはもういねえぜ。隊長ならちゃんと次の場所に…」
「フィル、作戦は順調か?」
「ビスタ隊長!」

振り向いた視線の先にはビスタ隊長。
自慢のシルクハットをかぶり直しながら私たちの方へと歩いてくる。

「それが…サッチさんまだ戻ってこなくて。」
「ふむ…、そういえばここに来る途中でジョズの部屋に入っていくのを見たぞ。」

ジョ、ジョズ隊長?
今回の作戦でジョズ隊長の部屋の前は通るけど…ジョズ隊長は情報提供係じゃないから部屋には入らないはずだよね?
やっぱり誰か言い間違えたのかな…それともサッチさんの個人的な寄り道?
とりあえず行ってみるしかないかあ。

「ありがとうございます。」
「あ、フィル!」

さすが酒呑みの集まり、ボリュームにも遠慮がない。
慌てて人差し指を立てると、みんなはしまったとばかりに苦笑いを浮かべていた。

ーー


サッチさんがまだ中にいたらどうしよう。
そう思って聞き耳をたてようとドアに張り付つこうとしたらタイミングよくジョズ隊長が出てきてくれた。
けど、おかげで私は変なポーズを見られることに。
…ち、ちょっと怪しかったよね。

「フィル、作戦中じゃなかったのか?」
「そ、そうなんですけど予定よりも時間がかかってるので様子見を…。ジョズ隊長、サッチさん来ませんでしたか?」
「ああ、来たぞ。」
「!あの、どこに行ったかわかりますか?」
「サッチなら船医室に向かったぞ。何でもナースに用があるとか…。」

…ナ、ナースさん?
船医室も近くは通るけど今回の行き先の中にはないのに…サッチさんってば。
まあせっかくの誕生日だしきれいなナースさんからも祝われたいだろうけど…もう、クラッカーの本数5本に増やしちゃいますからね!

「ありがとうございます。」
「暗いから気を付けろよ。それとフィル、」

それが何度目であっても嬉しくて、優しい表情のジョズ隊長に自然と笑顔になる。
サッチさんもきっとこんな気持ちなんだろうなあ。

ーー


船医室に到着。
ドアの前に立てば、ナースさんたちが楽しげに話している声が聞こえてくる。
サッチさんの声は…聞こえないなあ。

「失礼しま…」
「あらフィルじゃない、ちょうど良かった!」
「え?」
「こっちに来て!ほら早く!」
「えっ?ちょ、…ひゃっ!?」

目が合って早々部屋の中へと引き込まれて。
どうしたんですかと言う隙さえ与えずにナースさんたちは私の服に手をかけてきた。
見事な連携プレイと早業。
ただただ驚く私を置いて、あっという間にそれは仕上がることとなる。

「あ、あの、これって…」

知らない間に用意されていた鏡に写った自分を見て唖然とする。
白い、きれいなウエディングドレス。
いつの間にか髪もきちんとまとめられていて、化粧まで施されているではないか。
…自分じゃないみたいだ。

「ふふ、すごく似合ってるわ。」
「あ、ありがとうございます…、いや、それより」
「何してるの?サッチ隊長なら甲板にいらっしゃるわ。早く行ってらっしゃいな。」

え?
サッチさんのいる場所を知りたいなんて一言も言ってないのに。
不思議に思ってその場に留まっていると、焦れたらしいナースさんたちによって強制的に移動させられる。
途中、慣れないヒールに転けそうになりながらもドア近くまで来ると、私の腕を放したナースさんたちがにっこりと微笑みを向けてくれて。
妙にどきどきしながら甲板に出た私の目に映ったのは勢揃いした家族と。

「フィル、誕生日おめでとう。」

数時間前とは全く違う格好。
髪を後ろに撫でつけ、白い正装に身を包んだサッチさんが私の目の前にやって来た。

「サ、サッチさん…なんで、それにその格好、」
「ひひっ、どう?」
「…かっこいい、です…。」
「ありがと。…フィルも似合ってる、すっげえきれいだ。」

優しい声にかっと顔が熱くなる。
視線が落ち着かずきょろきょろと周りを見渡せば、マルコ隊長やエース隊長も含めてみんなが口元を緩めているではないか。

「…そ!それよりこれ何なんですか!みんなわかってる風だし私ひと」

そっと、口に一本の指が当てられて。
反射的に黙ると、サッチさんは目をほんの少し細めて笑う。

「あとで全部説明すっから。…先、おれに喋らせてくれるか?」

どきどきして返事ができない。
そんな私をお見通しらしく、サッチさんは苦笑しながら当てている指を引っ込めた。

「おれな?来年もその次も…この先ずっとフィルと一緒に誕生日祝いてえんだ。」

私とサッチさんの格好。
それに家族のあったかい視線。

「ずーっと一緒。この意味わかるか?」

私もそこまでばかじゃない。
サッチさんが言おうとしてくれていること、それは。

「フィル、結婚しようか。」

頭が真っ白で、でも自分のことじゃないみたいに冷静な自分もいて、けど心臓が壊れるんじゃないかってくらいどきどきして。

「…フィル?」

まばたきすら忘れてしまった私をサッチさんが不思議そうに見る。
そこでようやく思い出す、さっきの言葉。

「…けっ、こん、」
「そう、結婚。」
「…わたしと、さっちさん、が?」
「そう。フィルがおれの嫁さんで、おれがフィルの旦那さんになんの。」
「……さっち、さ」
「うおっ!?ど、どした!?そんな嫌だったか!?」

ぽろぽろと泣き出した私をサッチさんが慌てて抱きしめるから、必死に首を横に振った。
やっと頭が回りだす。
抱きしめてくれるサッチさんのあたたかさが愛しくて、泣き止むどころかひどくなる一方だ。

「うれし、かった」

ならどうしたと頭を撫でながら問われるも、こう返すのが精一杯で。
そんな返事でも満足してもらえたらしく、サッチさんは優しいキスをひとつ落としてくれた。

「…受けてもらえるか?」

こくりと私がうなずいた瞬間、周りから一斉に祝福の声があがる。
みんなの嬉しそうな表情にようやく涙も止まってくれた。

「…本当、びっくりしました。」
「ひひっ、大成功だな。」
「なかなか戻ってこないからおかしいなって思…、あっ!」

瞬間その場が静かになり、目の前のサッチさんもきょとんとした顔。
危ない危ない、言い忘れるところだった。

「サッチさん、誕生日おめでとうございます。」

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