「頼む、協力してくれ。」

日が変わった頃だろうか。
ノックもなしに乗り込んできたかと思えば、真剣な面持ちで話を切り出したのはサッチだ。
先程までおれの横で眠りこけていたエースも何か感じ取ったのか目を覚まし、体を起こしてサッチに向き直っている。

「どうかしたのかよい。」
「もうすぐおれとフィルの誕生日だろ?お前らも知ってる通り毎年ふたりで祝ってんだけどよ…その、あれだ、」
「何だよサッチ、今フィルとケンカでもしてるのか?」
「んなわけあるか。」

即座に鉄拳を落とされ顔をしかめるエース。
まあサッチの言う通りふたりが喧嘩するなんてこと、この船に乗っているやつなら誰一人として想像できないだろう。
付き合って8年ほど経つ今でもサッチはフィルにベタ惚れだし、フィルもサッチを心底大事に想っているのだ。
そんなふたりを夫婦と言うやつも少なくないわけだが…

「で、何なんだよい。」
「あー…今年も普通に祝ってもいいんだけどな?おれとフィルって付き合って長えじゃねえか、それにおれもそろそろ落ち着きてえし…」
「「……」」
「言うこと言っときてえなと思ってんだよ。」

がしがしと頭をかくサッチ。
それはあれか、つまり

「…プロポーズ!?サッチ、フィルにプロポーズすんのか!?」
「あー、まあそうなるな。」
「おおっ!」
「やっとかよい。」

周りからはまだかと噂されていたふたりだ、この報告は素直に喜ばしい。
きっとフィルも受けるだろう。

「けど協力してくれって言ってたよな、何でだ?」
「一度きりの大事なイベントだろ?思いっきりサプライズしてえんだよ。」
「なるほどねい。」
「なあ、協力してくれるか?」
「するに決まってんだろ!な、マルコ!」
「もちろんだよい。」

おれたちの返答にサッチは少し照れているものの、くしゃりと笑って喜びを見せた。

「でな?案としては…」

そうサッチが切り出したとき、聞こえてきた控えめなノック音。
反射的に3人ともが音のした方を向く。

「誰だよい。」
「あの…夜分にすみません、フィルです。」
「「「!!」」」

まさかの人物に思わず顔を見合わせた。
絶対に秘密にしておきたい話だ、本人に何か悟られてはサプライズの意味がない。

「フィルか。どうかしたかよい、サッチならここには…」
「!あ、いや…いない方がいいんです、」

こんなこと今までにあっただろうか。
フィルがおれの部屋を訪ねてくるときはサッチを探している場合がほとんど。
なのに、いないほうがいいなんて。
…ああ、相当ショックだったらしいな。

「おいサッチ、しっかりしろよ、」
「あ、ああ…」
「あーもう。マルコ、どうする?」
「とりあえずは話を聞いた方がよさそうだねい、…サッチ、」

今だ傷心らしいサッチをベッド下に隠れさせ、その間に部屋を整える。
おれとエースの他に誰かいたと気づかれては困るのだ。
ドアを開けると困ったように眉を下げたフィルが立っていた。

「まあとにかく入れよい。」
「失礼しま…あ、エース隊長。」
「よう、フィル。」

よかったと表情を明るくするフィルの言うことには、どうやらエースにも用があったらしい。

「あの、おふたりに相談というか…頼みたいことがあるんです。」
「サッチには話せねえのか?」
「…はい。」

…あいつ、泣いてねえだろうな。
そんなことを思うが、フィルがおれたちに相談や頼みごとをするなんてかなり珍しいことである。
大抵のことはふたりの間で済んでしまうから、それこそおれたちの出番なんてほぼ無いに等しかったのだが…

「…もうすぐサッチさんの誕生日じゃないですか。毎年ふたりでお祝いしてるんですけど、その、毎年同じだとつまらないかなと思って…」
「「……」」
「今年の誕生日はサプライズしたいなって思ってるんです。」

…心配するだけ無駄だったな。
にしても何なんだこのふたりは、タイミングにしても頼る相手にしても…思考が似てきているんじゃないのか。
エースもエースでおれと同じことを思ったのか、口が半開きの状態でおれを見てくる。

「わ、私隠し事しててもサッチさんにすぐばれちゃうからマルコ隊長とエース隊長にも手伝ってほしくて…。」

そういうことか、サッチには話せなくて当然だ。
しかしサッチの件があるからフィルが言うサプライズを手伝ってやるのは難しい。
…まあこの時点でサプライズではなくなってしまっているということは置いておこう。
どうする?協力はしてやりたいが…

『わかったよい。』
「「!?」」
「!ほ、本当ですか!?」

おれを見るのはぱっと顔を輝かせたフィルと驚いた顔をしているエース。
ちょっと待て、おれは何も言ってないぞ。

『おれも協力するぜ。』
「ありがとうございます!」
「あ、ああ。」

今一つ状況をのみ込めていなさそうなエースも反射的に返事をした様子。
…あいつが何を考えているかは訊いてみないとわかりそうにないな。

「…フィル、今日はもう遅いから戻れよい。詳しいことは明日だ。」
「はい。マルコ隊長にエース隊長、本当にありがとうございます!あの、」
「ん?」
「このこと、サッチさんには絶対内緒にしててくださいね!」

…どう返事をしたものか。
本人がここにいるなんてことは想像もしていないであろうフィルが嬉しそうな顔をして部屋を出ていく。

「…あー狭かった。」

ドアが閉まって数秒後、のそりとベッド下からサッチが現れた。

「サッチ、さっきの何なんだよ。」
「お前らの真似。結構似てただろ?」
「そっちじゃなくて。何で受けちまったんだよ。」
「バカ野郎、フィルがおれのために考えてくれてんだぞ?受けて当然だろうが。」

完全に立ち直ったらしく、だらしなく緩んだ頬で「フィルってばかわいいこと考えてくれるじゃねえか」とこっちの心配お構いなしに呟いている。

「もうこの時点でサプライズじゃねえだろい。それに、お前のはどうすんだよい。」
「…お前らはフィルに協力するふりをしてくれ。フィルには騙してるみたいで悪いけど…今回ばっかりは譲ってやれねえからな。」

そう言ってドアの向こうを眺めたサッチはいつになく穏やかな表情で。
…普段からこうあってくれれば隊長として少しはましに見えるんだがな。

「わかった。何か楽しくなってきたな!」

さて、今夜は長くなりそうだ。

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