「あちゃー…」

一通りみんなの席をまわり終えて。
自分の隊に帰ってきてみりゃ、騒ぐ野郎共の中で毛布を被って横になっているフィルの姿が目に入る。

「隊長、遅いっすよー。」
「隊長がここ離れて10分ともたなかったです。」
「アルコール入ったから余計でしょうね。」
「けど勘弁してやってくださいよ?本当に頑張ってたんすから。」

背を丸めてくうくうと気持ちよさげに眠りこけるフィルの目の下にはくっきりとした隈が浮かんでいる。
というのも昨日までおれは別の任で10日間船を離れていて、その間の書類整理をやっていたのがフィルなのだ。
おれは頼むつもりなんてさらさらなかったのだが、自分から任せてくれと言って聞かないフィルに負けて「じゃあ出来るところまででいいから」と言ってしまった。
だってよ、「隊長の役に立ちたい!」って顔に書いてあんだぜ?断れるわけねえだろうが。

「…こんなとこでよく寝れるなあ。」
「徹夜もしてたみたいですし…一気に疲れが来たんでしょうね。」
「あーあー…」

宴が始まったときはそんな素振りは少しもなかった。
…無理して起きてくれてたんだな。
隣にしゃがんで頭をひと撫でするも、目を覚ます気配は全くない。

「隊長、フィルにご褒美はあげねえんすか?」
「んあ?」
「そうっすよ。絶対今日までに終わらせて祝いの席に出るんだ、って…そりゃもう健気だったんすから。」

フィルがおれのことを好きだということは、こいつらもおれも知っている話。
まあそれなりに場数を踏んできたおれからすればわかりやすいことこの上ないのだが、フィル自身は気づかれていないと思っているらしい。
実はこの四番隊でフィルだけ知らないことがもうひとつある。
それは、フィルの気持ちが一方通行のものではないということ。

「…さすがに何もなしってわけにもいかねえだろ?」

小さな体を抱えて立ち上がると、聞こえてきたのは「ごゆっくり」なんて楽しげな声だった。

ーー


「…ん、」
「おはよーさん。」

おれの部屋に移動して1時間弱。
ベッドの中のフィルが目を覚ましたらしく、声をかけてやれば寝ぼけ眼なそれと目が合う。

「おはようございま…、!?た、隊長!?何で!?」

毛布をはねのける勢いで起き上がると、慌ただしく辺りを見渡し状況確認をし始めた。
きっと今のフィルは何でおれの部屋で寝てたんだという疑問でいっぱいだろう。

「あんなうるせえ所じゃゆっくり休めねえだろ。」
「…い、いや、でも!隊長が抜けてきちゃだめじゃないですか!今日の宴は隊長が主役なのに…!」
「もうおれがいなくても変わんねえよ。みんな好き勝手やってるしな。」
「…ごめんなさい、絶対寝ないって決めてたんですけど…。」
「隈つくった顔で言われてもなあ。」
「え!?み、見ないでください!」

言いながら手で必死に顔を隠す姿に笑うと、恥ずかしそうにうつむかれてしまった。
赤い耳を隠しきれていないことに内心苦笑しながら手を伸ばす。

「大変だったろ、…ありがとな。」
「い、いえ、私は別に…」

そんなんだからおれにバレるんだよ。
頭を撫でると落ち着きなくさ迷う視線に色づく頬。
いい加減おれも応えてやりゃあいいんだけど…今の関係も楽しくて言うのが勿体ねえって思っちまうんだよな。
全く、ひどい男がいたもんだ。

「頑張ってくれたフィルにはご褒美あげねえとな。」

たったひとりのためにつくるなんてこと、普段じゃなかなかしてやれねえから。

「た、隊長、そんなのいいです、それに今日は」
「フィルは特別。な?」

目線を合わせてのぞき込むように言えば、とたんに大人しくなるフィル。
疲れた体にはやっぱ甘いもんがいい。
手際よく手を動かすおれをフィルが眺めているわけだが、見とれていると言っても言い過ぎではないその姿にやはり苦笑してしまう。
あーもー、少しは隠せっての。

「ラム、少しくらいならいけるか?」
「!はい、」
「ん。…ほら、熱いから気を付けろよ。」

温めたミルクにココア、それと少しのラム。
ここじゃ大したことしてやれねえけど…その代わりに明日は手の込んだもんつくってやるから。

「どうだ?」
「隊長がつくってくれたんですよ、おいしいに決まってます!」
「そりゃよかった。」

祝いの品も、もちろん嬉しい。
けど、それ以前に幸せそうな顔のフィルを見られりゃ十分だったりもする。
何て言うか…とにかく弱えんだよ、この顔に。

「なあフィル、」
「?」

フィルも起きた。
それに、好き勝手騒いでるっつっても今日の宴はおれのために用意されたもの。
そろそろ戻った方がいいかななんて思うけど。

「おれがいない間のこと、聞かせてくれねえか?」
「はい!」

もう少しくらいなら構わねえよな?

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