「どうしたサッチ、浮かれすぎたか。」
「うっせえ、だまれ」
「今日の主役から一言ってときに倒れちまうんだもんなあ。」
「船医が『寝れば治る』だって。愛のある言葉」
「ねえよ、薬ぐらい渡すだろ普通。」
「あ?薬ならあるだろうが。」

なあ。
そう言って私を見たイゾウ隊長にびくりと反応する。
一緒にいたエース隊長とハルタ隊長は面白そうに笑うだけだ。

「そろそろ戻る?」
「そうだな。フィル、サッチのこと頼むぜ。」
「!は、はい。」
「フィル、伝染されねえように気を付けな。」

含んだ笑みに思わずうつむく。
何が言いたいかなんて私にだってわかるから。

「くそ、あいつら…」

閉まった扉に向かって小さく舌打ちしたサッチ隊長の顔は少し赤くて、呼吸も普段より荒い。
ベッド横の椅子に座った私を隊長が見上げてくるけど、重そうな瞼に具合の悪さがわかる。

「でもみんな心配してましたよ。…寒くないですか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとな。」

いつもより熱い大きな手。
うっすらと笑ってみせてはくれるけど、私の頬を撫でるその動作もゆっくりだ。
冷やしたタオルを額に乗せれば、その冷たさが気持ちいいのか隊長が目を閉じる。

「…悪いなフィル、今日楽しみにしてくれてたのに。」
「いえ!私のことより、今は隊長の方が…。」
「悪い、ちゃんと埋め合わせするからな。」
「そ、そんなのいいですから早く風邪治してください。」
「そうする。キスも出来やしねえ。」

さ、さらっとそういうこと言わないでください!
ぱっと顔を背ければ隊長の小さく笑う声が聞こえた。

「…なあ、」
「はい。…あ、水ですか?」
「いや、まあそれもなんだけどな…」

何を迷っているのか、いつもよりもずっと歯切れが悪くて。
コップに水を注いで待っていると隊長がこんなことを言い出した。

「伝染しちまうの嫌だから帰してやりてえんだよ、本当は。…けど悪い、もう少しだけいてくれるか?」

こんな姿を見せられてしまったらどうしたって付き添いたいと思ってしまう。
それが大好きな人であればなおさら。

「私は朝までいたいです。」
「だめだ、絶対だめ。」
「え?じゃあ…隊長が眠るまでならどうです?」
「寝たらちゃんと戻るか?」
「もちろんです。」
「……それなら許す。」
「はい。」

何だか今日の隊長はかわいい。
けど、こんなことを言ったら不満そうな顔をするんだろうな。

「タオル、冷やしましょうか?」
「ん、…頼む。」

大人しく目を閉じるその行為に信用されてるなあなんて思う。
でもごめんなさい、本当は違うことがしたいんです。
心の中で謝りつつそっとタオルを取ると、空いたそこに顔を近づけた。

「誕生日、おめでとうございます。」

こういうことはいつも隊長からしてくれる。
だから自分からするなんて余計に恥ずかしくて、出来たのはほんの一瞬。
それでも意外性は十分だったみたいで、隊長は大きなため息をつきながら手で顔を隠してしまった。

「フィルずりい、おれが手出せねえのいいことにそういうことして…。」
「し、したかったら早く治してください。」
「言ったな?じゃあ治ったらするぞ。もう無理っつってもやめてやんねえからな。」

その朝。
治ったと体温計を見せつけてきた隊長が驚く私を食堂から連れ出して。
その場にいた他の家族はご愁傷さまとでも言いたげに私に手を振っていた。

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