裏はないけど千歳が酷い
(成人設定)






「ほら…こうされるといいだろう?」
「…ぁ、あッ…んぅ…っ!」
「いいんだよ、イッてごらん…」
「あ…も、ぅ…ダメ…っあ―――、!」






―――――

「は、ぁ…はぁ…」
「…良かったよ………」

見知らぬ男の精液が体内から溢れ出す不快な感覚に身を震わせる。
男の目にはその姿さえ快感の余韻に打ち震えてるように見えることだろう。
事の終わった後の男とは敢えて目線は合わせない。
その方が男も気が楽だろうから。

金を渡されて、それまでの関係。
気付けば男はホテルからいなくなっていた。

ベッドサイドに少なからぬ枚数の紙幣を残して―――――






午前5時半…夏の朝とは言えまだ薄暗い。

これくらいの方が俺は好き。

昼間の明るさは俺には少し耐えられない。
明るい世界の中にいるのはどこか居たたまれなくなる。
この薄暗さは、後ろめたさを隠してくれる。
見たくないもの、全て上手に隠してくれる。「ただいま…」

部屋にいるはずの男はどうせ起きてはないだろうけど、小声で帰りを告げてみる。

「おかえり」
「、」

予想外に声がした。

部屋の電気は落としたままで、カーテンも閉まってるから中の様子はわからない。
だけど独特の濃密な空気や、いつもは香らない甘い芳香に、
つい先ほどまでこの部屋に居たはずの見も知らない女の姿が浮かぶ。

(またか…)

部屋の奥から現れた男はいつも通りの美丈夫で、着崩したシャツとジーンズという姿さえ様になっていた。
首筋や胸元に残る、鬱血の痕―――

「白石、俺お腹空いたばい。何か作ってくれんね」

甘えた声で俺の首に手を回してくる男。
掠れた声が情事の名残を思わせるものの、頬に浮かべた笑顔は最上級で、堪らなくなる。

この笑顔が見れるだけで、愛しすぎて―――

厚い唇で俺の額にキスをする。
伸びたままの黒髪が俺の顔にかかる。
この男はいつも、キスだけは優しい。
…勘違いしてしまいたくなるほどに、優しい。

「千歳…」
「ん、白石」

甘い声で唇にもキスが降る。
女を部屋に連れ込んだ後はさすがにこの男でも後ろめたいのか、それともこれで誤魔化してるつもりなのかは知らないが、いつも以上に俺にスキンシップを図ろうとしてくる千歳。



……………



それでも、そんな馬鹿みたいな理由でも千歳に優しくしてもらえるなら、

俺は―――



「ね、ご飯作って」
「何も材料あらへんよ」
「えー!お腹空いたばい!」
「コンビニで何か買ってきぃや」
「出掛けんの面倒臭か〜」

千歳は甘ったれな上、不精だ。
一人では何も出来ない癖に、威張り散らすのが好き。
強がるけど、本当は小心者。

いいとこは顔だけ。

どんな仕事しても絶対長続きしないし、ここ半年で千歳が自分で稼いだ金使ってるとこなんて見た事ない。
でも見栄っ張りだから、服とかアクセに使う金は惜しまない。
ただ小心者が幸い(…周囲に取っては災い?)して、借金するような度胸もない。

ほんっと、いいとこは顔だけ。

こいつに出来るのは、女やら男やら虜にすることだけ。
相手の良心につけこんで、自分の自尊心を満たすだけ。
誰かに頼って生きていく、それだけ。最低やけど。
ほんま最低やと思うんやけど…



でもそんな千歳を分かってあげられんのは俺だけやから、今日も俺は男に体を売る。



そして今日も千歳と一緒に居る。



こんな生活を続けて数年。
俺は千歳の一番の理解者であるはずだし、俺がいないと千歳は生きていけない。

千歳は俺が守らなきゃ―――



「スーパー行って材料買ってきたらよかろ」
「こんな時間開いとらんやろ」
「駅向こうのスーパー24時間営業やなかったと?」
「…遠いやんか…」
「腹減ったばい。作って欲しか」

甘えた顔して唇を尖らせる。
いつもは可愛く見えるその顔も、仕事上がりで疲れた俺には苛々が募るだけ。
尚も食事の支度をせがむ我儘ぶりに、俺の忍耐も限界間近だった。

「お前食わせるためにこんな時間まで働いてクタクタやねんて。寝てるだけの癖に文句ばっか言うなや」
「……………」

つい八つ当たり気味に千歳に漏らしてしまった。ヤバイ…
不機嫌そうに千歳の眉が寄る。
この顔をされると俺は弱い。

どないしよう。
怒らせたやろか。

千歳。

おもむろに千歳が俺に背を向ける。

「ぁ…ちとせ、」

呼びかけに答えたのは小さな舌打ち。
その小さな反応に俺の体が過敏に怯える。

千歳は俺に暴力振るったりとか、そういうことは絶対しない。
根は小心者やし、そんなタイプではないから、その点安心してる。

ただ、ただ俺が怖いのは―――――



「…もうよか」

溜息交じりに千歳が呟く。
明らかに俺は悪くないんやけど、これが千歳の方法。

「…ねぇ、俺が出てってもよかと?」
「ダメや!ちとせは俺がおらんかったら生きていけへん!」

それを聞いて千歳は少し笑って、高い身長を屈めて俺の顔を覗き込んだ。

その顔にさっきの不機嫌さは微塵もなくて…
ただ、歪んだ笑いが浮かんでるだけ。
首にさっきみたいに腕が絡んで、体を引き寄せられる。

「だろ?」

確認するように目を合わせられて。
俺は涙目になりながらも頷くしかない。
俺はこの男には逆らえない。



「心配しなくても、白石がちゃんとお金稼いで来てくれれば出て行ったりせんよ」

殊更、優しく甘く―――「あと、白石がちゃんと言うこと聞いてくれるとか」

優しく降る口付けに勘違いしてしまいたい。

「女みたいに煩いこと言わない、とかー」

いつも通りの条件。

俺がこの先も千歳と一緒にいるための条件。

「ね、しらいしだけが俺のこと分かってくれるっちゃろ?」

そう言われたら、俺はもう頷くだけだ。
事実、俺は千歳をこの家に置いておくためなら何だってする。
千歳の良さとか、分かるのは俺しかいない。



「千歳…好き…何でもするから………出て行かんで………」



悪魔は、満足げに微笑んだ。

「―良かったばい、分かってくれて」

俺の体に纏わりついていた腕が離れていく。
それすら心細くて、縋りたくなる。
縋られるのは千歳の望むところじゃないから、やらへんけど―――

「さ、ってわけでご飯。作って」



さっき脱いだばかりの靴をもう一度履く。
駅向こうのスーパーまでは20分弱くらいだろう。

帰って来るまでに千歳は眠ってるかもしれへんけど。



さっきよりも、空の明るさは増していた。
それでもまだ靄がかかったように薄暗い。
今日の天気は今いち良くなさそうだ。
今にも降りだしそうな空を見上げて、足を速める。
降らないうちに家に帰って、早く飯作らな。




俺は千歳がいないと生きていけない。





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