跡部がヘタレ
日吉がビッチ






ぶっちゃけ俺は、周りに思われるほどモテない。



今日も賑やかな氷帝学園テニス部。

今後の練習試合の打ち合わせを終えて、別に帰ったっていいんだけど…
何となく全員で顔を合わせてしまうとどうでもいい話に花が咲く。
俺は聞くともなしにその全員の会話に耳をすませていた。

「…で、今俺その子と付き合ってんだけど〜…」
「岳人今年入って何人女変えてんねん」
「いや〜部活柄なかなか一緒にいられないからすぐ怒らせて喧嘩別れしちゃうんだよ」
「あー、分かる。そういうの分かってくれない女とは続かないC〜」
「だろ!?ちょっとはこっちのこと考えろっての」
「で、がっくん今度の子とは続きそうなんか?」
「どうだろなぁ〜…今んとこ大丈夫だけど」

話題の中心は向日の最近の恋愛模様。
向日を囲んで忍足とジローが楽しげに相槌を打っている。
岳人は昔から、見た目とは裏腹に女遊びは激しい。
俺も何人アイツの『彼女』を紹介されたか分からない。



不思議だ…



「跡部こそ最近どうなの?」

急にジローがこっちに話題を振ってきた。

「…アーン?何がだ?」
「だぁから、跡部の彼女!」

彼女…ねぇ…

「跡部って昔からそうだけど、あんまり女の話しないよな」
「あー、俺初等部の時からあんま聞いたことないぜ」
「やっぱモテる男はいちいち女の自慢したりしないもんなんやな、岳人みたいに」
「なんだと?クソクソ!侑士!」

勝手に話し出すメンバー。
皆の話は次第に熱を帯びてきて、勝手な憶測が飛び出し始める。

「ビックリする程年下か年上とか?」

年下ねぇ…それはお前だろ?忍足。

「意外と清純派とか?自分に従順な女」

岳人…それもお前の趣味だろ…

「派手なキャバ嬢連れ歩いてるイメージだけどなぁ」

見た目だけで物言ってるだろ、ジロー。



「「「…で、実際どうなん?」」」



3人だけの会話じゃ埒が明かなくなったのか、3人の視線は俺に向いた。



………どうって………



「………内緒だ」

3人の痛いくらいの視線を浴びながら、意味ありげに笑ってみせる。
でも、これだけでこいつらの妄想力を高めるには充分だったらしい。

「うわぁ〜何だよそれ!気になるわぁ!」
「何!?言えないような女か!?」
「不倫!?まさか不倫!?それは駄目だよ部活的に!」

誰が何言ってんだかわかんないくらい盛り上がる3人。
ふと、ずっと黙って話を聞いてるんだかわかんねぇ日吉に忍足が話題を振った。

「日吉!日吉はどう思うん?跡部の彼女どんな人やと思う!?」
「…え?」

めんどくさそうだなオイ。

…あれ?
でもそういえば…

「そういえば日吉の彼女の話とかもあんま聞かなくねぇ?」

…俺もそう思った。
さすが向日だ、目の付け所が同じ。

「…そうでしたっけ?」

明らかにそらっとぼけた日吉。
日吉も向日に負けず劣らず遊び呆けられるくらいルックスはいいのに…
あ、忍足曰く『モテる男は自慢しない』ってやつか?
自分の話題から日吉の話題に逸れてほっとしたのもつかの間、今度は日吉の女関係に興味が沸いてきた。

「いいじゃないですか別に。俺あんまりモテないんで」
「いや嘘つけ。日吉が岳人よりモテないわけないやろ」
「なんだと?侑士」

またぎゃあぎゃあ喚くメンバー達に苦笑をひとつ、
日吉はめんどくさそうにロッカーを閉めて踵を返した。

「ほら、もう最終下刻時間ですよ。さっさと帰ったらどうです」

日吉に促されて、俺達はやっと重い腰を上げて部室を出た。






…本当に不思議だ。
向日も忍足もジローも…日吉も。
一体どこで女にモテてるんだろう?



俺は…



実は本当にモテない。



今まで彼女がいたことがないわけじゃないんだけど、すぐに別れてしまった。
そもそも告白なんてされたこともないし。
よく貰う手紙なんかには『好き』って文字が躍ってたりするけど…
それってあくまでテニス部部長の俺のファンとしてってことだろ?
恋愛としての告白なんて、恐らく本当に数えるほどしかない。



ていうかそもそも―――



「…俺、好きになった女なんていたっけ…」

何となく今日は車を使う気にならなくて珍しく一人歩く遊歩道。
他の奴らとは別れてのろのろと家路についているうちに、ふいに口をついた言葉。
なんだかこれが全てを物語ってる気がした。

「恋愛感情持ってないから、誰にも女関係話したりしないんですか?」

……………

独り言のつもりで呟いた一言に返答が返ってきたことに驚いて、一瞬反応が遅れた。
でもその声は間違いなく知った声で…



「日吉」

振り返ると日吉が居た。

「お前、どっから居た?」
「結構前から。声かけたんですけどね。聞こえてませんでした?」

少し後ろを歩いてたらしい日吉が、少し足を速めて俺の横に並んだ。

「そうか…すまない、考え事してた」
「考え事って、恋愛感情持ったことない女のことでしょう?」

苦笑する日吉。
…そうなんだけど、そうじゃないっていうか。

「……………」
「俺が言えることじゃないと思いますけど…」

日吉は足を止めないまま、俺の方を見ないまま言った。

「愛のないセックスはよくないと思いますよ」

…俺の足が止まった。

「…跡部部長?」

横に並ばなくなった俺を、日吉が不審げに振り返る。

「…すみません、部長。余計なことでした」
「……………」



違う。
そういうことじゃなくて…



「………俺…セックスってしたことねぇ」



「……………」



…日吉の足と同時に時も止まった。



……………



「…ぅえぇええええええぇぇぇぇえええええぇえええぇえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ちょっ…!日吉、声でけぇぞ…!」



通行人が振り返って立ち止まるほどの大声が、さほど広くもない通りに響いた。
まさかいつも大人しい日吉がこんな大声を出すとは思わなかった。

「ってことは…えぇ!?嘘でしょ!?嘘ですよね!?」

こんなに焦ってる日吉…初めて見た…
最初に大声出してしまった手前引っ込みつかなくなったのか、大声は止まないまま「嘘だ」を繰り返す。

「嘘だったら良かったんだけどな!残念ながら本当だ」

きっと俺、今凄く決まり悪い顔をしてるんだろう。
言うつもりなんてなかったし…
あーもう、でもやっぱり言うんじゃなかった!
今になって段々恥ずかしくて、顔が熱い。たぶん赤くなってる。
でも俺の顔を見て説得力を感じたのか、日吉はどうやら信じてくれたらしかった。



…そうなのだ。

氷帝学園テニス部部長、氷の帝王跡部景吾は


 童 貞 な の で あ る 。






「………あー…とりあえず騒いですいませんでした…」
「別にいい。どうせ日吉も俺のこと遊び人だと思ってたんだろ?」
「…はぁ…部長、普通に顔はいいですし…いっつも意味深に笑うばっかりだから…」

まぁ、それは単に男としての見栄だったんだが…

「でも確かに別に遊んでるなんて言ってませんでしたもんね…完璧に誤解してました…」

日吉は一人でぶつぶつ言いながら納得してる。



どちらからともなく俺達はまたのろのろと道を歩き始めた。

「…俺に言ってよかったんですか?」
「ん?まぁ…日吉なら別に。あ、でも他の奴らには言うんじゃねぇぞ」

絶対騒ぎまくってからかわれて下手したら公にされかねない!
それだけは避けたい…今までのイメージ的に。

「はい…分かりました、言いません。2人だけの秘密ですね」

日吉ならその言葉通り言わないでいてくれるだろうと思った。
だからこそこうして言う気になったのかもしれない。
付き合いの長い向日やジローにさえ言うつもりなかったのに…



「あー…だったら俺も秘密教えてあげます」
「え?」
「もし俺が部長の秘密バラすようなことがあったら、俺の秘密もバラして頂いて結構です」
「えぇ?別にそんなつもりで言ったわけじゃねぇぞ?」
「いいんですよ…部長ならバラさないでくれるでしょうし」



道にはもうほとんど誰もいなかったけど、日吉は俺に少し近づいて小声で呟いた。



「あのですね…俺、女駄目なんです」



……………



「…すまん日吉。意味が分からん。もう一回言え」

日吉は苦笑いを浮かべて、もう一度言った。

「俺、男が好きなんですよ」
「………ぇえー…そうなん…ええ!?」

紡がれた言葉の意味が脳に到達して理解するのにタイムラグがあった。

あまりの爆弾発言に、俺は目を見開いて日吉の顔を凝視した。
日吉はそんな俺にまた苦笑しながら頷いた。

「女の話しないの、納得でしょう?」

何でもないことのように笑うけど、それって結構な秘密なんじゃないのか…
俺の秘密と一緒に共有するには割に合わないような…

「…そんなこと…俺に言っていいのか?」
「んー…いいですよ。別に部の連中食おうって気はありませんから安心して下さい」

少し下向きながら歩く日吉は、きっと今まで色んな辛い体験してきたのかもしれない。
俺は同性が好きなわけじゃないからその苦労なんて計り知れないけど。
でも色が白くて細くて、綺麗な茶髪は確かに男の劣情を煽る材料だらけだとも思う。



俺より小さい、細い肩が小さく震えてる。



何でもなさそうな顔してるけどきっと本当は怖かっただろうと思う。
何も知らない部活仲間にいきなり秘密を明かすのなんて…
今までの関係が壊れるんじゃないかって、俺だったら怖くなると思う。

それなのに、勇気を出して俺には教えてくれたのか…
そう思ったら、今までただの仲間としてしか見てなかった日吉の肩を抱き寄せたくなった。

「部長…引きました?」

俯いたまま俺を見もせず、歩く速度も緩めないまま小さい声で日吉が聞いた。

「…引くわけねぇだろ。驚いたけど…絶対引かねぇ」
「…ありがとうございます」

日吉はやっと顔を上げて、俺に向けて笑顔をくれた。



「…俺、部の連中を食う気はないって言いましたけど、実は最初部長が好きだったんです」

………

「ごめんなさい、こんなこと言って…困らせたいわけじゃないんです」



………困った。



日吉からの好意に対してじゃなくて



日吉からの好意が嬉しい俺自身に困った。



だって俺は今間違いなく、日吉に欲情してたから。



「日吉…すまん、俺…」
「いいんですって。好きになってもらおうなんて思ってなかったんだし―――…」

また足の止まった俺に慌てて言い繕いながら振り返った日吉の表情が固まった。
たぶん、欲情しきって真っ赤な顔した俺の顔を見てしまったからだと思う。

「部、長…?」
「…―――、」



―――――こんな感情、初めてだった。






―――その後



こんな時に何を言うべきかも分からなくて、日吉にキスをした。
(キスくらいは経験あったんだ!まじで!)

そして何も言わずに俺の自宅に連れ帰った。

日吉は何も言わないで、俺に手を引かれるままに着いて来てくれた。



そんなこんなで今―――



俺は再び困っている。



だって!キスしていきなり連れてきて、俺どうする気だったんだ!?
今更何て言って日吉と話せばいいんだよ!

とりあえず日吉をソファに座らせてコーヒーを出した。
そして念のためメイド達にはしばらく部屋に近づかないよう言っておく。
日吉は小さくありがとうございますって言って受け取ってはくれたものの、手はつけてない。



どうしようか…
沈黙が五月蝿い。



俺は自分の部屋にも関わらずそわそわと立ち尽くすだけだった。



「…部長、座らないんですか」
「えっ!?ああ…うん…」とは言うものの、ソファは日吉が座ってる。
さすがにその隣に座るのは気が引けて、とりあえず日吉の真向かいの床に座った。

「……………」
「……………」
「……………っ、ぷッ…」

座り込んだまま俯いた俺に、日吉はふいに声を上げて笑い出した。

「え…何だ!?」
「ぶっ…あはははは!部長…!あはははははは…」

声を上げて本格的に笑い始めた日吉に、どうしたものか俺はまた慌てる。
そもそもこんな日吉の姿を見るのは初めてだ。
…一頻り笑い転げて、日吉は目に涙を浮かべながらやっと笑い止んだ。



「はー…はー…笑った…」
「…日吉テメェ…笑いすぎだ…」
「す、すみませ…だ、だって…」

また思い出したように腹を抱えだす日吉にいささか居心地が悪い…
俺、何か変だったんだろうか…?

「…すみませんって。そんな情けない顔しないでください」

情けない顔、

だって。

俺そんな顔してるか?

この俺が?

どうしようか…

しかしどんな顔したらいいのかわからないんだから仕方ない。

「いきなりキスされて部屋連れ込まれて…押し倒されるくらいは覚悟してたんですけど」
「ぅえ!?」

おおお押し倒すってそんないきなり!?ねーだろ!

「そそそそんなことしたら日吉が可哀想だろうが!ていうかおおお押し倒すって!」
「キョドり過ぎです。すみません。部長、優しいですね」

…何か馬鹿にされてるのか?また笑ってるし…
ほんと俺、部屋に連れ込んでどうしたかったんだろうな…
自分で自分の行動が信じられなくて、これからどうするべきなのかも分からない。

「…悪ぃ…いきなり…日吉の都合も考えないでこんなこと…」

自分が情けない。

向日とか忍足とかならたぶんもっとスマートに色々やっちまえるんだろうけど…
今ほど自分が情けなく感じたことはない。泣きそうだ。

「何だろう…俺、部長のこと諦めたつもりだったんだけどなぁ…」

そうだ、日吉はさっき『部長が好きだった』って言ったんだ。
『部の連中を食う気はない』とも。

それってつまり―――

「…お前はもう…俺には…興味ないのか…?」

語尾が消え入りそうになった。

だってそもそも日吉が好きになったのは、遊び人っぽいって思ってた俺だろう?
実際はこんなただの恋愛下手な童貞だとか…がっかりされたんだろうか?

「んー…駄目ですね」
「………っ」

何だろうか…俺は日吉に嫌われたくないようだ。
仲間として、っていうの以外にも心に沸く気持ち。



「何か部長可愛くって駄目です…また、好きになっちゃうでしょう…?」



……………

思いもよらなかった日吉の言葉に顔を上げれば、日吉の頬も何だか赤く染まってるように見えた。

「単に流されただけなら…期待させないでください。好きになったら俺、止まらないから…」

部長の童貞、貰っちゃいますよ?
なんて、日吉は冗談ぽく笑いながら言った。

「―――…いいぜ」
「え?」
「俺なんかの童貞でいいんだったら…くれてやるよ」
「………部長、ほんと駄目ですよ…」

すみません、って笑って、日吉の割に整った涼しげな目元が近づいたと思ったら唇に感じる熱。



さっきは触れるだけだった唇が深く合わさった―――――




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