白石が暗い。
早く俺のこと、すきになって。
「白石〜、日本史の宿題分からんのやけど、」
「またか。たまには自分でやらな身にならへんで」
泣き出しそうな声で俺の机に顔をつける謙也に、俺はいかにも呆れたような声を作る。
もちろん本気で思ってるわけじゃない。
謙也が俺を頼ってくれるのは、単純に嬉しい。
「せやけどホンマ分からんねん。頼めるの白石しかおらんねんて」
情けなく眉を下げて両手を合わせられてしまえば、その可愛らしい表情に俺の心臓が小さく跳ねる。
『白石しかおらんねん』
なんて甘美な響き。
俺はもったいぶった溜め息をひとつついて、いつも通り完璧にこなした宿題のノートを机から取り出した。
それを見てさっきまでの表情から一転して嬉しそうに綻ぶ顔。
ああ、やっぱり謙也は笑顔がいい。
「今度から自分でやるんやで」
差し出したノートを受け取って、謙也はまた笑って頷いた。
どうせ返事だけで、明日にはまた俺に泣きついてくるんやろうけど。
俺の前の席に座ってノートを書き写す謙也の指先を眺めていると、ふと謙也が顔を上げた。
「…なん?」
「…いや、白石俺んこと甘やかしすぎちゃう?」
「せやなぁ。何や謙也って甘やかしたくなるねん」
冗談っぽく笑うと、謙也も悪戯っぽく笑う。
「白石に甘やかされすぎて何も出来ん大人になったらどないすんねん」
「そしたら嫁に貰ったるわ」
「おー、白石と結婚したら将来安泰やろなぁ」
俺の言葉を軽口と取ったらしい謙也はまたノートに視線を落とす。
俺はまたその指先がお世辞にも綺麗とは言えない文字を書き連ねるのを眺めた。
…何も出来ん大人になったらええねん。
その為なら俺は勉強もスポーツも何でもトップになったるし、謙也が望むなら医者になって謙也んちの病院に勤めたってええ。
高給取りになって謙也のためにプレミアもののめっちゃ高いキン消し落札したるし、俺の可愛いカブリエル、イグアナの餌にされたってかまへん。
謙也が俺の傍にいてくれるなら、俺なんだってやるよ。
「…あ、せや。今度の休みみんなでタコヤキ食い行く言うとったやん。あれ俺パスな」
「用事でも出来たん?」
「や、アイツが暇やっちゅーから、デート、な」
ちょっと照れたようにはにかむ謙也。
愛しくて憎らしい。
アイツを見る時の恋してる顔。一番可愛い謙也の顔。
それを見れるのは俺やない。
「楽しんできや。みんなには俺から言うとくし」
いい友達ぶったこの俺の表情は、傍目には完璧やろうけど、俺にとっては虫酸が走る。
俺はこんな顔がしたいんじゃないのに。
へへ、と笑って、謙也は俺に写し終わったノートを返した。
おおきに、と礼を言われるのと同時にチャイムが鳴って、謙也は自分の席に戻る。
何も出来ん駄目な大人になったらええねん。
呆れ果てた女にどんどん捨てられればええ。
全ての煩わしいことは俺がやったるから。
謙也は甘ったれたガキのまま大人になって、俺の傍にずっとおったらええよ。
教師が入ってきて静かになった教室の中、俺はそっとポケットの携帯でメールを送った。
今度の日曜、会わへん?
送り先は、謙也の大好きな、アイツ。
なぁ、謙也。
早く俺のこと、すきになって。
その為なら俺、なんだってやるよ。
end.
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