光若



「…あ、知念先生」
「おぅこらどこ行くねん」

俺の話の途中やっちゅーんにフラっと知念先生の方に向かおうとする若の頭を掴んで止めた。

「知念先生を見かけたのにお前を優先する理由はないだろ」
「人としてどないやねん、その理屈」
「離せ、知念先生が行っちゃうだろ」

若の頭を掴んでいた俺の手の甲が容赦なくつねられる。
咄嗟に手を離したら、若はそのまま知念先生の方へ駆け出してしまった。
若を掴もうとした手は空を掴んで、俺は溜め息をついて背を向けた。



翌日。

「あ…あれは弦一郎さん」
「コラ、道そっちちゃうやろ」

帰り道の横断歩道の向こうにあるスーパー前に、やたら迫力のある男がいた。
若はその男を目に止めた途端横断歩道を渡ろうと方向転換する。
慌てて手首を掴んだが、舌打ちされた。

「俺のラスト・サムライに会いに行こうとして何が悪い」
「俺らこれから買い物行くんやろ」
「弦一郎さんと話してからでも行けるだろう」

若が走って道を渡りきったところで信号が赤になった。
俺は道路を挟んで、笑顔でラスト・サムライとやらと話す若を見つめるだけやった。



翌日。

「あ、雅治さん」
「…若」
「今日も女性と一緒だ。邪魔しない方がいいな」

高等部の門から出てきた幸村雅治が、これまた派手で高そうな服を着た女の腰に手を回している。

「今日も素敵だな、雅治さん」
「…チャラいだけやん」
「あれはチャラいというよりジゴロというんだ」

うっとりと熱い視線を送る若は俺の方を見もしない。
…今日は俺、若がくれたピアスしとるんやけど、気付いてもらえへんのやろな。





「光、趣味作曲なんだろ?俺の為に曲作ってくれよ」
「何でやねん、嫌やわ」
「いーじゃん『桃ちゃんの歌』!カッコイイの頼むぜ!」
「アホや、どうやってもかっこよくならん」
「少しは努力しろよ…って、あ、若」

翌日、桃と二人で係の仕事のために資料室に向かっていた時だった。

「おう、何でこんなとこおるん」
「……………」

桃の視線を追うと5mくらい離れた壁際に若がいた。
何故だか睨まれている。

「…フン」

若は不満げに鼻を鳴らして踵を返した。

…何やねん。



「若ってさ、好きな奴にはよく気付くよな」
「…あ?」
「知念先生にもそうだけど、どんなに遠くても好きな奴は絶対気付くじゃん?」
「…知念先生は目立つしな」
「知念先生はな」
「…?何が言いたいん」

桃は笑って言った。

「一緒にいる方が多いもんな、お前」
「だから何やねん」
「若、お前を見付けるのもめちゃくちゃ早いんだぜ」
「……………気のせいやろ」



…どうしよう、嬉しい。



何だか泣きたい気持ちになって、俺は桃に気付かれないように足を早めた。



end.



 


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