最初はただ単に気に食わん奴やった。

金持ちの息子やか何やか知らんけどいけ好かん。
誰に対しても斜に構えてて同じクラスの奴らなんて見下しとる癖に、意外に嫌われてはいない。
先生にベッタリで、なのに先生に媚びてるようにも見えん。

一体何がこんなに気に食わんのやろ…

ほとんど口きいたこともないせいで、決定的な嫌う理由が見つからん。

そのことも俺をイライラさせた。
生理的に嫌いだなんて理由は嫌や。

ただ、どうやらアイツが俺んことを他の奴らより嫌っとるらしいってことが一番気に食わんかった。



「それは光、お前その子のこと好きなんちゃうん?」

無理くり子供達を居間に集めて近況報告をさせるのが、白石家の親父が休みの日の決まり事や。
ほんで久しぶりに家に帰ってきた親父にクラスの気に食わん奴の話をしたら、親父の奴とんでもないこと言いよった。

「はぁ?」
「だって別にお前、嫌われんのなんか慣れとるやろ」
「…アンタ失礼ッスわ…」
「親に向かってアンタって言うんやありません」

ぺし、と軽く頭をはたかれる。
俺はセットの乱れた髪を撫でて直した。

…けどまぁ、親父の言うことはあながち間違ってはいない。
俺はこの性格のせいであんまり友達らしい友達はいない。
それは新しい学校に通うようになっても言えることで、引っ越して随分たつのにいまだにクラスに馴染めていなかった。

「まぁええんやけど。クラスメイトに嫌われたかて知念先生おるし」
「先生の生徒はお前だけやないんよ。お友達作りなさい」
「その気に食わん奴かて知念先生にベッタリやもん。ええんやもん」

つい口を尖らせて拗ねたような声が出てしまう。
隣に座っていた謙也君がブッとお茶を噴出した。

「汚いわ…謙也くん」
「せやかて「やもん」てお前…」
「うっさい。言うてへん」

いちいちいらんこと突っ込んできよる謙也くんに、俺のお茶をぶっかけた。
謙也くんは大げさに熱がってふきんを捜して台所に行った。これで静かだ。
親父はそんな俺を特に咎める様子もなく、うーんと天井に向けて唸った。

「光ちゃん」
「光くんです」
「うちも光ちゃんはその子のこと好きなんやと思うわぁ」
「光くんです。好きやないです」

俺の頭をなでなでしながらニコニコ顔を向けてくる小春さんの手を払う。
あんま触らんといて欲しい。ユウジさんめっちゃこっち睨んどるやん。



「やってそいつ男やもん」



俺が発した一言でその場にいた家族は全員固まった。
小春さんだけはキャーキャー言うて喜んではるけど。

「ええやないの、男同士だって!男同士で好きあったらアカンことはないんやで!」

小春さんはすっかり上がりきったテンションでますます頭を撫でる手の動きを早める。
もはやグチャグチャになった髪の毛が不愉快や。
仕返ししようにも相手には撫で回すほどの髪の毛がない。

「…光、気付いてへんのやったらアレやけど…知念先生も男やで…?」
「知っとるわ!馬鹿にしとんのか金太郎。どこの世界に190越えの女がおんねん」
「?…せやけど光は知念先生のこと好きなんちゃうのん???」

「好き」の種類が何種類もあるなんてことは金太郎には分かるまい。
首を傾げて眉を寄せる金太郎をフラッシュの光が襲った。千里さんや。

「むぞらしかね〜…」

悦に入った千里さんは金太郎の写真を撮りまくる。
いつものことなので放っておいた。



「あー…光?別に俺らは光がその子に恋しとるなんて思ってへんよ?」
「え?」

親父の意外な言葉に今度は俺が眉を顰める番やった。

「や、俺は光がその子と友達になりたいんやないんかなぁって思っただけやったんけど…」
「そんなこと考えてもなかったって顔ね!」



……………騙された!

てっきり恋愛方面で話が進んでるもんやと思ってた俺は一気に顔が熱くなった。
かわいい!なんて叫んだ小春さんが俺の首に抱きつく。
ユウジさんが引き剥がしにかかって、俺の周りは余計に暑苦しいことこの上ない。

「…っそんなんっ!友達としてなんか見たないくらい性格悪いからッスわ!」

やっと首から離れた二人を隅に追いやって俺はやっとそれだけ搾り出した。

「ほなら恋愛ってことでFA?」
「何でや!ちゃうわアホ!」

わけの分からん理論を掲げる家族なんてほっちらかして、俺は自分の部屋に戻った。



恋愛としてはもちろん、友達としてだってアイツのこと見れるわけない。

俺は一人の部屋で考え込んだ。
途端に頭の中にあのいかにも金持ちのボン然とした姿が浮かび上がる。

頭から振り払おうにも居座るその姿にまたイライラしてきたから、部屋に戻ってきた謙也くんを殴った。

「何すんねんいきなり!」
「何やイライラしたんすわ。つべこべ言わず殴らせろ」
「冗談やあらへん!何イライラしとんねん!」

謙也くんがキャーギャー煩いからとりあえず黙った。

「…やって、そいつのこと考えたらホンマイライラするんすわ」
「そらよっぽど嫌いなんやな。良かったら俺に話してええんやで、そいつのこと。殴られるくらいなら聞いたるわ」

お人よしな謙也くんはあっさりと話を聞く体制になった。
謙也くんはええ人やから、こういう時は便乗するに限る。

「とりあえず、どんな奴なんや言うてみぃ」



「何や一挙手一投足全部イライラするんすわ。さらさらした茶髪は地毛や言うとった。
これみよがしに風になびかせとると引っ張ってやりたくなるわ。
目つきは悪いけどきりっとした目は長い前髪に隠れとるけど、まぁまぁ綺麗なんスわ。
目が悪いらしくてたまにコンタクト外しとる日なんかはうるうるしとって泣かしたいわ、ホンマ…
んで色が白くて細い。足首なんかちょっと力入れたら折れそうや。
貧弱そうな薄い胸板は着替えの時見たけど、日に当たらない場所やからホンマ陶器みたいやった。
俺が話しかけるとツンツンしとる癖に先生の前やとほっぺた染めて嬉しそうにするんすよ。ホンマ腹立つ…」



「……………」



ここまで一息に話すと、謙也くんは露骨に呆れたような顔して俺を見とった。



「…何スか。あんたが聞いたる言うたんでしょ」
「言うたけど…予想とちごたわ」

どんな予想をしてたのかは知らないが、俺の頭の中にあるアイツを言葉にしたら少しスッキリした。
しかし謙也くんは俺とちごうて嫌に引きつっとる。

「?謙也くん?」
「…いや、うん…やっぱお前そいつのこと好きなんやん」
「ハァ?あんたまでそんなこと言うんすか」

俺は思いっきり侮蔑をこめた目で謙也くんを睨み付けた。

「何で俺がそんな目ぇで見られなあかんねん!明らかやん!」
「わけがわかりません」
「急に標準語なるな!腹立つわ自分…」

ブツブツ呟きながら謙也くんはとりあえず仕切りなおすことにしたのかこほん、と咳払いをした。

「とりあえず話整理するで」
「はい」
「ん、ええ返事や。光はとにかくそいつ見ると腹立つやんな?」

俺は黙って頷いた。
謙也くんは俺を見て更にうん、と頷く。

「先生とか他人と話しとるとこ見てもムカつくんやろ?」
「そッスね。愛想よくない癖に割と皆と仲ええのも腹立つんすわ」
「うん、そか。じゃ自分と話してる時はどないやねん?」
「……………」

………自分?

そもそも俺とアイツはあまり口をきいたことはない。
せやけどなけなしの話した記憶を引っ張り出してみる。
それは案外容易なことやった。

「…や、あんま腹立ったわけやないですね」
「決まりや」

何が決まりなんやか、謙也くんはピシンと情けない音立てて指を鳴らすとニヤニヤ笑った。

「何すか気持ち悪い顔っすね。何が決まりなんすか」
「気持ち悪い顔って酷いな!いや、光お前やっぱそいつのこと好きやねんて」

謙也くんの言葉に腹が立ったのでもう一度殴った。

「痛いわ!何すんねん!」
「寝る」
「おやすみがわりのアッパーかい。ホンマかなんわ!」

煩い謙也くんはほっといて俺はベッドに潜り込んだ。

けどその夜は色々考えてしもて全く眠れへんかった。






翌朝学校までの道のりを眠い頭をフル稼働して考えてみた。

…俺がアイツんこと、好き?

頭の中にアイツの姿を浮かべてみると、やけに息苦しくなった。
それにイライラして電信柱を軽く蹴る。
大体、アイツなんか好きになったかてロクなことあらへんやん。
アイツは絶対俺んこと嫌っとるんやし…

そこまで考えたら何やら急に悲しい。

…嫌われたない、ってことかな。

いやいやいやちゃうやろ…人に嫌われんのは相手が誰であろうと嫌なもんやし…

でも他の奴にも俺んこと嫌いな奴ぎょーさんおるで。
そんなんほっといたらええんや。嫌われたかて実害があるわけやない。

けど…アイツは………



「またお前か。校門の前に突っ立つなって言ってるだろ」
「!!!!!」

背後から今まさに俺の脳裏を占めていた人物―――跡部若の声が聞こえて、俺は文字通り飛び上がった。

「…な、何だ…飛ぶことないだろ…」
「……………」

いつの間にか校門にたどり着いていたらしい。
立ち止まっていた俺にコイツが声をかけてきたこのシチュエーションは、初対面の時を思い出させた。

「何黙ってんだ、何とか言えよ」

いつも通り斜に構えて腕を組んだまま、俺に向かって吐き捨てるようにそう言う。

このクソ生意気な男のことを、俺が好き?
友達になりたいと思ってるだと?

そう思うと一気に頭がごちゃごちゃする。
怪訝そうにこっちを見る跡部の視線を感じて頭にカーッと血が上る。

「おい、どうした…」
「死ね!」
「朝会ったクラスメイトに対していきなりつきつける言葉じゃないだろ!」

俺は跡部をその場に残して猛スピードで教室に向かった。

後ろから跡部の怒鳴り声が聞こえたけどそんなん無視や無視!



廊下を大急ぎで走る。
走ってる間は跡部のことが頭から振り切れそうやった。

「こら。廊下走ったらならんばぁよ」

凄いスピードで階段を駆け上がっていたら、首ねっこ掴まれた。

独特の訛りと心地よいこの声は、顔を見ずとも分かる。知念先生だ。

「何急いでるんばぁ?まだ予鈴まで時間あるやさぁ」
「せんせ…」
「ん?」
「…先生………俺、先生のこと好きッスわ」

まだ整わない息で俺は何も考えずに先生に告白しとった。
こんな風に衝動に駆られて告白するなんて俺らしからぬ行動だ。
案の定知念先生はちょっとビックリした顔しとる。

「…にふぇーでーびる。いきなりどうしたんばぁ?」
「別に…言いたかっただけッスわ…」

走ってるせいでドキドキする。走ってたからや。それ以上でも以下でもあらへん。
先生に好きやなんて言うことは全然苦痛やない。やってホンマに好きやもん。



けど…



跡部のこと、好きなんやろか?

そう考えただけで、俺の心臓は俺の意思と関係なく早鐘を打ち始めた。
シャツの胸をぐっと押さえる。
そんくらいでおさまる様子はない。



無理や絶対言えん。
アイツんこと好きとか、絶対よう言えんわ。
そんなん言うたら死んでまう。
今でさえ、考えただけでこんな死にそうになるんやもん、絶対無理。



知念先生と並んで教室に入る。

跡部と俺の席は隣同士やから、嫌でも顔を合わすことになる。
そう思うとこの場から逃げ出したくなった。

教室に入ってきた跡部の姿を視界の端に捉えた途端、俺は何よりまずテンションが上がった。
…何やねんそれ。何テンション上げとんねん、自分。アホちゃうか。
跡部はクラスの人間に適当に挨拶しながら俺の隣の席についた。

「…朝っぱらからいきなり死ねとか言いやがって…お前俺に何か言うことないのか」

睨みつけながらそんなことを言ってくる跡部に、俺は混乱した。
普段は挨拶もせん俺らが朝からこうして話すなんて凄い珍しいことや。
どきどきする心臓がうるさくて、俺は何を口走ろうとしてるのかわからんくなってた。



「……………好きや!」



……………



跡部は目ぇパチパチさせて俺を見とる。

俺は自分の言った言葉が信じられなくて、やけに顔が熱いことだけが気になって。
心臓は相変わらずうるさくて、教室の連中が俺らのこと見てることにも気付かなくて。



俺はランドセルだけ持って教室から飛び出した。



あかん、あかんやろアレは。
どないすんねん俺、明日からどないすんねん!
アホや。明らかに間違えたわ。
順番間違えた!今告ったって絶望的やんもう嫌や!
畜生何でアイツやねん好きや好きや!

アカン、ホンマ好きや…!



走って走って走って家に着く頃には、俺は自分の気持ちを自覚せざるをえなかった。



 

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