転校生の白石金太郎は、異様なほどの順応力でこのクラスに馴染んだ。



「何つーかさ…アイツってコドモっぽいよな」
「それを赤也が言う?」

教室の後ろで凛と裕次郎と一緒に遊んでいる姿を見て、赤也は小声で俺に呟いた。

「………お前、潰すよ?」
「事実だと思うんだけど」
「明らかに俺よりよっぽどコドモっぽいだろーがよ!」
「俺はコドモっていうより野生児って感じだと思うけど」

このクラスに来た金太郎は、自己紹介の時に特技だと言ってリンゴを片手で握りつぶした。
その姿を思い出して言うと赤也は「ああ、分かる」と頷いた。

とにかく明るくて声がでかい金太郎。
見た瞬間にヤバイと思ったんだ。
赤也やら裕次郎やら(付属で凛も)俺は何故かああいうタイプに好かれる。
…問題児系?色々メンドーでうるさい奴。

案の定目が合った途端気に入られて、学校案内(という名の冒険?)やら何やらさせられて一週間。

金太郎は元々このクラスに居たかのように馴染んでいた。

「転校生としては合格なんじゃない」
「なるほど」

教師からしたら問題ある奴が増えて涙目だろうけど。
授業中に泣きそうな顔をした南先生が口にする名前が更に増えてしまったわけだし。
金太郎は予想以上に頭の方はアレな感じだった。



「オーイ!リョーマ、赤也こっち来ぃやぁ!」

呼ばれて金太郎達のところまで行くと、どうやら雑誌をめくっているようだ。

「学校に雑誌持ち込み禁止だけど」
「リョーマは頭固いばぁ。放課後なんやしいいあんに!」
「金太郎の父ちゃんが載ってるんさぁ」

凛と裕次郎に促されて雑誌を覗き込むと、テレビで見ない日はないくらい有名な俳優がいた。

「え、金太郎の親父って白石蔵之介なの?」

俺は知ってたけど、赤也は知らなかったらしい。
驚いて目を真ん丸にしている。
そんなにすぐに顔に出ちゃうようじゃ、まだまだだね。

「へへっ、ワイの父ちゃんかっこええやろ?」
「金太郎、あんまり似てないね」

白石蔵之介は整った顔していつもおっとり笑ってる人、っていうイメージだ。
金太郎の元気なイメージとは結びつかない。

「そうかぁ?顔は似てるってけっこう言われるで」

そう言われて俺達はじーっと金太郎の顔を見た。

「…何やねん、あんま見んなやぁ。恥ずかしいやんか!」

「…ゆーじろ、似てるかぁ?」
「あんま分からんさぁ」
「うーん…まぁ整ってると言える顔だとは思うけど…」

口々にそんなことを言えば、金太郎がじっと見つめられるのに耐えかねたのかひょい、と窓際に寄った。
身の軽さは天下一品だ。俺でも適わないかもしれない。



「ワイは今は父ちゃんに似とらんかもしれんけど、これから似てくんねん!」
「男は大きくなったら父親に似るって蓮二兄さんが言ってたぜ」
「…じゃあわったーも父ちゃんに似るんばぁ?ゆーじろ」
「父ちゃんくらい身長伸びたらいいやしが…なぁ」

俺は今の時点で結構部長に似てるらしい。
見た目というよりは、雰囲気が。
家族のみならず他人も言うんだから間違いないだろう。
でもそれは俺が部長にあこがれてるっていうか…とにかくまねっこして身につけた。
大人になってあそこまで仏頂面になるのは少し嫌だ。
部長に似るのは性格だけでじゅうぶんだ。

「白石蔵之介ってかっこいーよなぁ。もし金太郎があんなにかっこよくなったら俳優になるのか?」
「俳優って何や?」
「「「「……………」」」」

金太郎の言葉に俺達は全員言葉を失った。

「何って…お前の父さんの職業だろ?」
「しょくぎょう?父ちゃんは父ちゃんやろ?」

赤也はもうお手上げとでも言いたげに手を上げて、椅子に座った。

「はいゆうってテレビに出てる人さぁ」
「ドラマでいろんな役やる人やっし。やーは父ちゃんのドラマ見ないんばぁ?」
「父ちゃんがテレビに出る時間って遅いやろ?俺寝てんねん」
「「……………」」

見てないんじゃ説明のしようがない。
凛と裕次郎も黙った。

「…自分の親の仕事も知らないなんてまだまだだね」
「何やぁリョーマ!じゃあお前は知ってんのかー!?」
「当たり前だろ。俺の父さんは商社マン。結構広い部署の部長」
「ショーシャマン?それ何やぁ?肉まんの種類か?どこで買えんねん?」

うんざりした俺は肩を竦めて赤也達を見た。

「商社マンって何かかっこいいよな」

赤也はもう話題を金太郎から逸らすことにしたらしい(赤也にしては何てケンメイなハンダン!)

「商社マンって何するんばぁ?」
「え…?…よくわかんねーけど…何かかっこいーじゃん!」
「赤也の父さんはお医者さんなんだよね」
「ああ」
「えーっ、わんおいしゃさん嫌いやっし!」
「うちの父ちゃんのほうがかっこいーばぁ!」

凛がここぞとばかりに主張する。
こいつのファザコンは筋金入りだ。

「学校の先生ってかっこいいかぁ?」
「えっ、裕次郎達の父ちゃんって先生なんか!?」
「知らなかったんだ。この学校にいるよ」
「知らんかったー!どれやどれや!?見たい!何年生!?」
「5年生の担任やけど」
「よっしゃ!ほな見に行くでー!リョーマ!連れてってや!!」

何で俺が…と思ったけど、もう金太郎の中では決定事項のようだ。
言い出したら聞かないので仕方なく連れて行くことにする。
まぁ桃兄の担任だしね。
と言っても主に乗り気な凛が先頭に立っているけど。
俺と赤也は顔を見合わせて肩を竦めた。きっと困った奴らだと思ってるんだろう。



知念先生の担当するクラスに行くと、そこには知念先生だけじゃなくまだ生徒も残っていた。

「あい、凛、裕次郎。ちゃーした?」

凛は早速知念先生の足に絡み付いて抱っこを強請っている。
…あそこまで人前で甘えられるというのは凄い。
あ、でも英二兄さんも似たようなものかもしれない。

知念先生に抱っこされた凛は得意げに

「えー金太郎!この人がわったーの父ちゃんやどー!」
「でーじかっこいいだろ!」

裕次郎も知念先生の足にしがみついて自慢してくる。

知念先生と残っていた生徒が溜め息をついた。

「おい。凛、お前ちょっと降りろ」
「ぬーよ?若も抱っこされたいんばぁ?」
「違う!今は俺が知念先生と話してたんだよ!」

どうやら凛と裕次郎はその生徒と顔見知りらしい。
よく見るとその生徒は俺も見た覚えがあった。

「あ…リョーマ、あいつ…」
「知ってる?赤也」
「跡部若だよ、今若って言ってただろ?」
「ああ…あれがね…」

赤也が小声で教えてくれた名前には聞き覚えがあった。
跡部家の息子ならこの学校で顔を知らない者はいない。






「で、ちゃーしたんばぁ?大人数で」

知念先生は椅子に座り直して俺達を見下ろした。
座っていても俺達から見ればやっぱり大きい。

「誰の父ちゃんが一番かっこいいか勝負してたんさぁ!」
「きんたろはわったーの父ちゃん知らなかったから連れてきた!」

二人にそう言われた知念先生は困った顔で笑った。

「この人が凛と裕次郎の父ちゃんなん?何やえらいデカイなぁ!千里兄くらいや!」
「?やー初めて見る顔やさー。凛と裕次郎の新しい友達か?」
「こいつ裕次郎のクラスの転校生さぁ。仲良くなったんばぁよ」

凛が今だに先生の膝から降りないまま金太郎の紹介をする。
先生はああ、と納得した声を出した。

「知ってるさぁ。うちのクラスの白石の弟かやー?」
「白石の?」

金太郎の苗字を聞いた途端跡部家の息子の顔が歪んだ。
ただでさえ悪い人相が更にけんあくになった。

「光にーちゃんの担任なん?」
「ああ、そうさぁ」
「光にーちゃん、家で先生が好きだから学校楽しい言うてたで!」
「そうかやー。それは嬉しいさぁ」

先生と金太郎が穏やかにいい話(だと思う)をしてるっていうのに、跡部若の表情は益々険しくなる。
何だろう、金太郎の兄貴に何か恨みでもあるんだろうか。
転校して一週間しか経ってないっていうのに。
俺は金太郎の兄さんは見たことがないけど、金太郎の兄さんってくらいだから悪い人ではないだろうに。



「若ー、怖いかおしてるさぁ」
「…別に」
「金太郎のこと嫌いなんばぁ?」
「別に、弟に恨みはない」

ということはやっぱり兄の方には恨みがあるんだ。

「光にーちゃんが何やしよったんか?」
「…お前、兄貴には似てないな」
「よぉ言われるで。光にーちゃんはいじわるやさかい」

そうなのか…
二人の会話を聞いて、俺は金太郎みたいなタイプは上の兄弟からはいじられやすいだろうな、と思った。
でも何でそれで跡部若が?とても跡部若はいじめられたりするタイプには見えない。

横を見ると既に飽きたらしい赤也が黒板にチョークで落書きしていた。

「意地悪、か…そんな可愛いもんならいいんだけどな」
「?どういうことやぁ?教えてや、きのこのにーちゃん!」
「…お前なんか嫌いだ!」

あの髪型気にしてるのか。
気になるなら変えればいいのに。

「ほら跡部ー1年生にそんなこと言ったらならんばぁよ。白石とも仲良くしろー」
「白石のやつ、先生にだけは懐いてますよね。クラスには馴染まない癖に」

跡部若は不快そうに呟いた。

「なぁんだ、若。やー金太郎のお兄ちゃんにヤキモチ妬いてるんばぁ?」
「なぁんだ。若だって父ちゃん以外とはあんまり仲良くないやっし!」

ああ、なるほど…合点がいった。
つまり跡部若は先生に懐いてるから金太郎の兄貴が気に入らないんだ。
この人も知念先生が好きなんだな。知念先生大人気だ。

「凛、裕次郎うるさいぞ」

ポケットから出した飴玉を二人に与えて黙らせる跡部若の耳は少し赤かった。



「で、結局誰の父ちゃんが一番かっこいいんさぁ?」

知念先生が話を戻すと、凛がここぞとばかりに「わったーの父ちゃん!」と叫んだ。
飴が落ちた。後で拾っておけよ。

「何言ってんだよ、うちの父さんだってかっこいいっつーの」

落書きをやめて赤也も話に入ってきた。

「お医者さんなんて嫌やぁ!注射すんねやろ!?」
「わんもお医者さんはきらい!」
「…でも赤也のお父さん、すごくかっこいいよ」

以前見た赤也のお父さんは女の人と見間違えそうなくらい細くて綺麗なひとだった。
それを思い出して言うと赤也は誇らしげに頷いた。

「俺の父さんは顔がかっこいいだけじゃなくて強いんだぜ!やっぱ男は強くないとだよな!」
「おー、幸村くんのお父さんはお医者さんかやー。すごいなー」
「だろ!?先生もそう思うだろ!?」
「かっこいいやさー。いきがは強くあらんとっていうのも同意すっさー」

先生にまで同意されて赤也は機嫌よさげだ。

元々赤也は特別お父さんっ子だってわけじゃない。
それでも他のお父さんが一番だというのは納得できないらしい。

…まぁかくいう俺もうちの父さんが一番だと思ってるけど。

「手塚のお父さんはわんも会ったことがあるさぁ。かっこいい人あんに」

先生に褒められて、少し照れくさかったから俺は帽子を深く被り直した。

「何で父ちゃんリョーマの父ちゃんのこと知ってるんばぁ?」
「家庭訪問の時に会ったさぁ。商社で働いてるって言ってたあんに」

商社マンって憧れるさぁなんて言う知念先生の笑顔に現金にも俺は好感を持った。

「白石の父さんはどんな人なんばぁ?」
「ワイの父ちゃんはなー、はいゆう、やねん!」
「はいゆう?俳優かや?」

首を傾げる知念先生に、金太郎は教室から持ってきていたらしいさっきの雑誌を取り出す。

「ほら、これ!これがワイの父ちゃんやねん!」

白石蔵之介のページを開いてみせると、知念先生は珍しく目を大きく見開いた。

「この人わんでも知ってるさぁ。この人が白石の父ちゃんなんばぁ?」
「へぇ…白石蔵之介ですか。随分と大物ですね」

跡部若も隣から顔を覗かせて雑誌を見て、何度か頷いた。
知念先生は大きな手で顔を覆って溜め息をつく。

「えー、わんと白石蔵之介を同じ土俵に並べるな…」
「ぬーんち?父ちゃんのがよっぽどかっこいいやっし!」
「ふらー…白石蔵之介の方がかっこいいに決まってるやっし」

まぁ確かに同年代の男としては白石蔵之介と比べられたらたまらないだろう。

「知念先生だってかっこいいけどな、顔も頭もいい分うちの父さんが一番だぜ!」

赤也が言う。
興奮してるのか若干目が充血してきている。

「父ちゃんに決まってるやっし!」
「父ちゃんだって頭いーらん!」

双子も負けじと言い返す。

「うちの父ちゃんのがかっこええで!頭良くないけど、顔なら負けへんで!!」
「顔だけなんてまだまだだね。うちの父さんの有能さに比べたら話にならないよ」

俺もつい言い返してしまった。

教室内は一気に喧々囂々、子供達の大声で満たされる。

「えー、お前ら落ち着けー…皆かっこいいってことでいいあんに」
「ならん!父ちゃんは一番じゃなくていいんばぁ!?」
「大丈夫さぁ心配せんけ絶対父ちゃんを一番にしてやる!」
「知念先生が一番なんて有り得ないね!俺の父さん見に来るかああ!?」
「赤也は黙ってて。うちの父さんの精神力の強さに適うものはいないね」
「ふざけんな!精神力で俺の父さんに勝てるやつがいるかよ!」
「父ちゃん!うちの父ちゃん!うちの父ちゃんがイチバンやぁぁぁ!」

「うるさい!!!!!」

ばん!と机を叩く大きい音がして、跡部若が椅子から立ち上がった。

「お前ら誰が一番とかくだらないことを…そんなの決まってるだろ!」

全員が跡部若に注目する。
さっきまでのうるささは嘘のように静まり返っていた。



「一番!顔がよくて!頭がよくて!強くて!有能なのは!うちの父さんだろうが!!!!!」



「「「「「「……………」」」」」」



跡部若の大々的な宣言に、俺達は毒気を抜かれた。
言ってしまった後にはっとしたように跡部若は頬を赤く染める。
知念先生だけがくすくすと笑っていた。

かたん、と真っ赤な顔をして静かに椅子に座りなおす跡部若は見えないように顔を両手で覆った。



「…えー父ちゃん、わったーもう帰るさぁ」
「また家でなー」
「先生、さようなら」
「じゃーな、先生。光にーちゃんをよろしゅうな」
「馬鹿馬鹿し…」

…跡部若、まだまだだね。



「自分の父さんを一番って言えるのはいいことやさー」

知念先生がまだ笑いながらそんなことを言ってるのが聞こえた。



俺達の「誰の父さんが一番か」という話はその後話題に上ることはなかった。



 

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