転校なんて、正直嫌でしょうがなかった。

元々友達が多い方やあらへんし、性格もきつい(らしい)せいで友達も出来にくい。
耳に年々増えていくピアスは近寄りがたさを増しているらしかった。

きっと新しい学校でも友達なんて出来ない。
救いなのは小中高一貫だということくらいだろうか。
外部受験でもしない限りずっとこの学校にいるのならいずれ一人くらいは友達も出来るかもしれへんし。
…けどそんなに友達が欲しいわけやあらへんしな…

そう考えると、楽しみなことなんて何もなかった。



「今日から学校やなぁ。小春とユウジは例外として謙也は人好きのする性格やし、心配なのは光や」

今朝親父がそんなことを言った。
ちなみに今日は仕事はオフらしい。
今日のうちに近所への挨拶を済ませると言っていた。

「せやな。親父がいきなり引っ越すなんて言わんかったら心配かけずにすんだんやけどなぁ」
「まぁそれは言わん約束や」
「そんな約束してへんっすわ」
「何はともあれ、友達ぎょーさん出来るとええね」

のんきなことを言う親父に、ふんと鼻で笑っておいた。
口で言うほど簡単ではない。
俺は親父や兄貴達みたいに器用ではないんだから。

そりゃあ俺だって、親父や兄貴達みたいに人に好かれる人間になりたいって思うことは多々ある。
けどそれが出来ないんだから仕方ない。出来ないものは出来ない。
変わろうと思って簡単に変われるなら俺はとっくに変わっている。
今ではすっかり変わろうなんて考えはなくて、一人を楽しむ術を身につけているくらいだ。

「頑張り。大事なのは第一印象やで」
「…はっ、第一印象でどうにかなるんやったら俺友達100人おりますわ」

元々きつめの顔立ちとはいえ、俺は第一印象は悪くないと自負している。
俺達兄弟は(小春さん以外な)皆親父似だから、顔だけはええ。
そのおかげで女子受けだけはいいのだ。男子受けは圧倒的に悪いけど。

朝から親父にいらんこと言われたせいで、ますます学校が面倒臭くなった。

それでも行かんことにはどうしようもないし、俺は嫌々家を出ることになった。



「…何やこの学校…でかすぎやろ。高校までおっても迷いそうやわ」

いざ着いた学校は、予想以上にでかかった。
兄貴達はもう既に学校に行っている。
かなりの金持ち学校やいうことは聞いとったけど、まさかここまでとは…
俺のいけ好かない種類の人間がぎょーさんおりそうや。
(俺のいけ好かない種類ってのは、いわゆる金持ち特有の上から目線とか、ああいうやつや)
校門をくぐる前から既にうんざりしてきた。

「はぁ…職員室ってどこや…」

親父に事前に渡されていた校内の見取り図を開く。
でっかい紙に細かく書かれた文字を追うことすら面倒臭い。



「校門の真ん前に突っ立つな。邪魔だ」

背後から声が聞こえて振り返れば、そっちこそどういうつもりやってくらいデカい車が校門の前に停まっとった。
そのデカい車の後部座席から降りてきたらしいのは、茶色い髪が目にかかる小学生くらいの男。
さっきの失礼な標準語の主はどうやらコイツらしい。

「若!駄目だよそんな言い方しちゃ」

わかしと呼ばれた男の後ろ、後部座席からもう一人の男が出てきた。
銀色の短髪。こっちは身長の割には威圧感のないおっとりした顔をしている。

「ごめんね、失礼なこと言って…ほら若、謝りなよ」
「ふん。俺は正しいことを言ったまでです」

………何やこの茶髪気に入らんわ。「俺の嫌いな種類の人間」やわ、これ。

「もう…若は頑固なんだから。若の代わりに俺が謝るよ。ごめんね!」
「…別にええっすわぁ」
「あれ?関西弁だ。珍しいね。この学校の初等部に関西弁の子なんていたかな?」
「このデカい学校の生徒皆把握しとるわけやないでしょ」
「俺ほとんど把握してるはずだよ」

どんな記憶力やねん。ないわ〜…
金持ちだけやなくて秀才まで集まっとんのかい。

「…転校してきたんす。今日初登校」

正直にそう言うとそいつはやっと納得がいったというように笑った。

「そっか、転校生だったのか。よろしくね!何年生?」
「…5年」
「そうなの!若と同じだね!俺は6年の跡部長太郎。君は?」
「…白石光」

ちっ…よりによってこの感じ悪いのが同じ学年かい。
まぁまさか同じクラスってことはないやろうけど。
若とかいう奴の方を見ると向こうも何だか嫌そうな顔をしている。
何て露骨な奴やろう。俺でももう少し愛想あるで。

「白石君!こっちは俺の弟の若だよ。仲良くしてあげてね!」
「はぁ…まぁどうでもいいっすけど…」

長太郎、と言った男はニコニコとなつっこく笑いながら俺に挨拶する。
その横で若とやらは不機嫌だ。何でこんなに不機嫌なんだ。

「これから職員室?この学校広いから分からないでしょ」
「まぁ…見取り図あるから何とかなるっすわ」
「あっ、そうだ!若が案内してあげなよ、同じ学年なんだし!」
「「ハァ?」」

くしくも若とやらと俺の声がかぶる。

おいおい…何でよりによって俺とコイツが一緒に職員室いかないかんねん。
転校早々こんな奴に貸し作るなんて嫌や。

「ほら、若早く!知念先生にアピールするチャンスだよ!」

そう言われた若とやらの顔色が変わった。

「………チッ…職員室はこっちだ。行くぞ」

嫌々な態度であることに変わりはなかったけど、案内はしてくれるようだ。

俺も嫌々ついていくことにした。



「ここが職員室だ」

しばらくお互い無言で歩いていると、やっと職員室についた。
ぶっちゃけここまでの道のりは覚えてへん。
たぶんもう一度行けと言われたら絶対に辿り着けないだろう。

「…おおきに。ここまででええっすわぁ」
「…職員室は小中高の教師が全員まとまっているから複雑だ。初等部のところまで連れてってやる」
「…はぁ…それはどうもおおきに…」

嫌々連れてきてくれた割には随分と親切やな。

そいつは俺の方を振り返ることもなく職員室の中に入っていった。
見失ってはたまらないので慌てて後を追う。

しかし何つー広い職員室や…こんな学校作った金持ちはどんな奴なんやろうな。
うちかて金はある部類やけど、これは比じゃないだろう。

ふと、目の前を歩く跡部若を見る。

…こいつさっき車で登校してたよな。
そんな漫画みたいな奴ほんまにおるんやなぁ。
しかもあの車すげーでかくて長かったし。
このお金持ち学校とは言え、見たところ車で登校してる奴はそう多くないようだ。
ということはこいつの家はこの学校の中でもかなり金持ちだということだろう。

…あー、ますますいけ好かんわぁ…



「知念先生」
「おー、跡部。おはよう」
「おはようございます」

俺が一人考えを巡らせていると、跡部若が並ぶ机の前に座る一人の男に声をかけていた。

「転校生を見つけたので拾ってきました。どこのクラスの方だか分かりませんけど」

おい、拾ってきたって何やねん。人を犬か猫みたいに。

「…おお、遅いと思ってたんさぁ。跡部、にふぇーでーびる」
「…まさかとは思うけどうちのクラスなんですか」
「そうさぁ。おはよう、白石」
「…おはよーございます」

知念先生とやらが俺の方を見てにっこり笑う。
髪の毛一部だけ真っ白で変な男や。
細くて長い。これが俺の担任になるんか…

「跡部ー、ちゃんと転校生連れてきて偉いどー」
「子供扱いしないでください」

知念先生は長い腕を伸ばして跡部若の髪の毛を撫でた。
口では反抗的なことを言っている跡部若の顔にうっすら笑顔が浮かんでいる。

…何やアイツ。あんな顔できるんか。
俺にはずっと仏頂面だった癖に。
よく見ると髪がかかっている耳も赤い。



あー…何やそういうこと…



家でも変態兄貴がおるっちゅーんに学校でもこんなんがおるんか。気色悪。
俺は跡部若を見る目が(違う意味で)変わった。



「跡部はもう先に教室行っていいさぁ」
「…はい。じゃあまた後で」
「本当ににふぇーでーびる」

跡部若は俺の方をチラッと見て職員室を出て行った。
何や知らんけど睨まれた。



「白石、わんが担任の知念寛さぁ。よろしく」
「はぁ…よろしくお願いしますわ」
「分からんことがあったら何でも聞けばいいさぁ」

訛っている。聞き取りづらいほどに訛っている。
見た目がモデルみたいであんまり表情が変わらないクールな印象なだけに、その言葉遣いは凄いギャップを感じた。

「じゃあ教室行こう」

知念先生が机の上に置かれていた荷物を取って立ち上がった。

「デカッ!!!どんだけやねん!」

立ち上がった知念先生は異常にでかかった。
つい関西人の突っ込み脊髄が反応してしまうほどにでかかった。
座ってる時は座高低かったのに!どんだけ足長いねん!

俺は身長低いのがコンプレックスやからつい過剰に反応してしまった。

「はははは…白石、突っ込み早いやさー」
「…関西人なんで…」
「関西人ぬ割にはクールあんに。白石かっこいいさぁ」
「はぁ…おおきに」

ナチュラルに褒められて、不覚にも少し照れてしまった。
こう直接的に褒めてくる人間が俺の周りにはあまりいない。



教室までの道のりを二人並んで歩く。
このだだっ広い校内のこと、教室までの道のりもなかなかのものだ。
その間知念先生は気を使ってるのか色々話しかけてくる。

「白石は転校するぬ初めてばぁ?」
「はぁ…」
「緊張してねーらん?」
「別に転校くらい大したことやないっすわ」
「強いんばぁね。偉いさぁ」

何だか子供扱いされてる気がする。
そりゃあこんな大人に比べたら子供だろうけど。

「わんだったら転校初日なんて緊張してガチガチになっとるさぁ」
「ふん。ダサいっすね」
「そうかやー。わん、見た目がこんなだから友達出来にくいんさぁ。だから転校なんて絶対緊張するばぁよ」

…俺と同じだ。

「でもうちのクラスは皆いい子ばっかりさぁ。人見た目で判断したりせんし…」
「そんなん言うても結局は俺キツいから嫌われるんすわ。今更なんで気にせんけど」

知念先生はにっこり笑って俺の頭に手を置いた。
親父よりも大きい手。
その手が頭に載った途端、何だか体の力が抜けた。

何や俺、ダサいわ。思ってたより緊張してたっぽい。

「さっきやーを連れて来てくれた跡部もいい子なんばぁよ。ちょっとキツいとこあるけど」
「ああ、朝っぱらから感じ悪いっすわアイツ」

俺は先生に校門での出会いからかいつまんで話した。
先生はそれを聞いて楽しそうに笑う。

「跡部はそういう奴さぁ。でも優しい子なんばぁよ」
「俺にはそう見えへんかったですけど」
「あの子も誤解されやすいタイプやっし。白石もそんな感じやさ」
「………」
「誤解されやすいタイプでも、ちゃんと誤解が解ければ分かってもらえるんばぁよ。きっと白石も跡部と仲良くなれる」

誤解されやすいタイプ、か…

俺が見た目とキツい言葉のせいで人に誤解されるように、アイツもこの先生もそうなんだろうか。
受け入れられないと思ってひねくれているのは俺だけじゃないのだろうか。

…とは言っても跡部若と仲良くなれるとはさすがに思えなかった。



「自分の気持ちひとつで全部変わるさぁ」
「いいっすわぁ。面倒っす」

何だか優しい言葉は聞いてられなくて、俯いた。
気付けば周りにはもう生徒はほとんどいなくなっていた。
他の生徒はもう自分のクラスに入っていったんだろう。

「自分が諦めなければ、友達なんていくらでも出来るあんに」



胸がぎゅっと痛かった。

本当は転校なんてしたくなかった。
友達と離れたくなかった。
クラスメイトに敬遠される自分が嫌だった。

だけど先にそれを全て諦めて何もしなくなったのは、俺の方だったんじゃないか。



「この学校も白石が思うほど悪くないやさ」



そうやって笑う知念先生もきっと見た目で誤解されて辛い思いをしてきたんだろう。
だから俺がひねくれてしまっていることもすぐ見破ったに違いない。
だから跡部若もこの人に対しては素直に懐いているのかもしれない。

…こんな青春ドラマみたいな、教師と生徒の信頼関係とかうざいんやけど。

でも知念先生の言葉はありきたりの言葉だったけど、押し付けがましくもなくて、俺の心の中にすんなり入り込んだ。



「知念先生」
「んー?」

……………

「俺、知念先生好きっすわぁ」
「…にふぇーでーびる」
「ちょっと、俺頑張ってみる」
「それがいいさぁ」

ちょっとこれからの学校生活、頑張ってみようかな。



 

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