「明日、転校生が来るらしいな」
「え?」

俺の部屋でひとしきり恋人らしく愛を確かめ合った後、ベッドの上で蓮二がそんなことを言った。

「転校生?蓮二のクラスに?」
「そうなんじゃないか。亜久津が覚えてるくらいなんだから」
「そうか…どんな奴だろうな」

さぁ、とでも言いたげに肩を竦めた蓮二が俺の胸に顔を埋めた。
さらさらの髪の毛が裸の胸にくすぐったい。俺はその髪をゆっくり撫でた。

「蓮二と話の合う奴だといいな」
「俺と話が合う奴なんて貞治くらいしかいないよ」

猫のように頭を摺り寄せて、蓮二は笑う。
こうやって甘えてくれるのは情事後くらいのものだ。
だからそういう時俺は何も言わずめいっぱい甘えさせてやることにしている。
言及しようものならすぐに離れてしまうのは経験上分かりきっていることだから。

「転校生…男かな。女かな」
「どっちの確立が高いだろう。でもどっちにしても、本当は蓮二と気の合う奴じゃないといい」
「?何で?」
「蓮二と話が合うのは俺だけでいいだろう?」
「…馬鹿だな…」

蓮二は少し笑うと起き上がって服を着始めた。
俺もそれに倣って起き上がる。
蓮二の制服のシャツは少し皺になっていた。



(…転校生か。明日蓮二のクラスに行ってみよう)



翌日

学校に行った俺は教室に見知らぬ人間がいることに首を傾げた。
しかもその人間は俺の席の隣に机を並べている。
俺の席は廊下側の一番後ろ。その隣はぽっかり空いていたはずだが―――

不思議に思いつつ、俺は自分の席についた。

「アラ、あなたがお隣さん?よろしくねぇ」
「!?」

席についた途端俺の方を見て挨拶してきたその男、は妙に甲高い声で挨拶をしてきた。

「うち、今日大阪から転校してきてん。分からんことばっかりやさかい、や・さ・し・く♪教えてやぁ」
「……………」

妙なしなを作りながら挨拶をするその男に(良くない意味で)目を奪われて、俺は返事をすることも忘れてしまった。

「…あ、ああ…よろしく…」
「あらお兄さん、分厚い眼鏡かけてはるけどよお見たら男前やないの!ロックオン☆」

至近距離に近寄られて、本能が俺を一歩退かせた。

これは…これ、は…
世間でいうところのオネェ系…?とかいうやつなんだろうか…
は、初めて見た…!

ん?今転校生って言わなかったか?

「君、転校生だろう?ここはA組だぞ。F組じゃないのか?」

俺が首を傾げたら、俺と同じように彼(…と言っていいのか…)も首を傾げた。

「ううん、ここ、担任の先生千石って人やよね?千石って人にA組に言っとけって言われて来たから間違ってないはずやけど」

確かにうちのクラスの担任は千石だ。
昨日の情報は間違っていたんだろうか?
てっきり蓮二のクラスに来るものだと思っていたが…よく考えれば別にF組に来るって言ってたわけじゃないもんな。
きっと亜久津が珍しく他クラスのことを覚えていたというだけなんだろう。

俺は頭の中でそう整理した。

「あ、もしかしたらF組は弟かもしれやんわぁ」
「弟?」
「そ。うち双子やねん。弟も同じ学校に転校してん。きっとF組の転校生は弟や」
「そうなのか…」

蓮二の弟にも双子がいる。結構世の中に双子は多いものなんだな。

「何でF組に転校生が来るって知ってるん?」
「いや、F組に友人がいるんだ」

彼は俺の肩に手を置いてにっこり笑った。

「友人?恋人ちゃうん?」
「はは、どうかな」
「何や、お手付きなんやったら諦めなアカンやんかぁ…お兄さん結構タイプやったのに」
「………はは…」

笑うしかなかった。

「ところでお兄さん、名前何ていうん?あ、うちは白石小春。改めましてよろしゅう」
「手塚貞治だ。よろしく」
「ええ名前やね。貞クンって呼んでもええ?」

人差し指を俺の肩にのの字を書くように滑らせられる。

正直言ってシャツの下では鳥肌が立っていた。
いや…俺だって普段は男相手に鳥肌どころか違うモノ立ててるわけだが、これは…何か違う!
俺は男が好きなわけではない。蓮二だから好きなんだ!

月並みではあるが蓮二への愛を再確認するに至る頃、やっと一限目の教師が教室に入ってきた。



一限目の授業は数学だった。

転校してきたてでまだ教科書も届いていないらしい白石には、当然俺が教科書を見せることになる。
机をぴったりくっつけて寄り添われて、逃げたかった。
それどころか手のひらがずっと太ももを撫で摩り続ける。泣きたかった。

「先生、白石君がいやらしく太ももを撫でてきます」

耐え兼ねた俺がそう言えば、担当の亜久津がめんどくさそうにこっちを見た。
タバコの灰が床に落ちた。掃除して帰れよこのやろう。
慣れない男の存在に俺の頭は軽いパニックを起こしているようだ。

「…あーじゃあ白石、?誰だお前」
「嫌やわぁ先生、今日転校してきた白石小春ですわ。小春って呼・ん・で☆」
「ドタマかち割んぞテメェちょっと前出ろこれ解け」

元々白い顔を更に白くして一息にそう言って、亜久津は白石を黒板の前に立たせた。
黒板に亜久津が書いた問題は、高校生のやるような問題じゃない。
高校生の数学ならほぼ完璧な俺でも解くのに相当時間を取られそうな問題だった。
…いくらおちょくった態度を取られたからって何て大人気ないんだろう…

「3分以内に解け」

とても無理だと思った。

「先生、1分でええわ」



―――――



結局、宣言通り1分以内に白石は黒板いっぱいに広がる数式と、正しい答えを導いていた。

「……………」
「間違ってないと思うけど。どや?」
「………チッ…正解だ」

悔しそうに舌打ちをする亜久津を前に白石は笑う。

「先生、怖いけどなかなかええ男やん。この学校男前多いなぁ…これから楽しみやわ」

白石は亜久津の尻をするっと撫でた。
亜久津は咄嗟に白石の顔面目掛けて拳を振るう。
当たる、と思ったが、白石はするりとすり抜けて俺の隣の席に戻ってきていた。

「……………」
「貞クン、この学校進んどるね。もうこんなとこやってるん?」
「………いや…」

…ああ、なるほど。

俺は理解した。

天才には変人が多いのだった。



授業終了を告げるチャイムの音と同時に俺は席を立ってダッシュで教室を出た。
もちろん蓮二の教室に行くためだ。
俺のクラスにやって来た天才変人の話をするために。

廊下を走っていると、向こうから蓮二も走ってくる姿が見えた。

蓮二が走っている!?珍しい。
いつだって静かに廊下を歩いているのに。

「貞治!」
「蓮二、どうした!?」

蓮二は人目さえなければすぐにでも抱きついてきそうだった。
心なしか泣きそうな顔をしているように見えて、俺は焦った。

「どうした!?何かあったのか?」
「て、転校生が…変なんだ…!」

……………

F組の転校生…白石小春の双子の弟とか言う奴か!
まさか弟も白石小春ばりの天才だとか言うんじゃないだろうな?

「さ、だはるも…走っていたが、何かあったのか?」

息を整えて俺にそう問いかける蓮二はさっきより少し落ち着いていた。
結構な長さのある廊下を駆けてきたせいで、うっすら汗が浮いている。

「ああ…俺のクラスの転校生も変なんだ」
「え…貞治も!?双子だという話だったが…」
「ああ、やっぱり双子は共通点があるものなんだな…」
「そっちの転校生もモノマネの天才なのか!?」
「は!?モノマネ!?オカマの天才じゃないのか?」
「は!?オカマ!?何が!?」

…微妙に噛み合わないので、ひとまず落ち着くことにした。



「蓮二、どういうことだ?モノマネの天才って…」
「隣の席になったんだ…そしたら妙に絡んできて、俺と全く同じ声で喋るんだ」
「それで?」
「授業中に俺の声音で『確立マジどうでもいい』とか言いやがった!」

…ちょっと聞きたかった。

「クラスのみんなは俺が言ったと思ってるし、誤解されて大変だったんだ!」

珍しく蓮二は大変怒っているようだった。
今にも開眼しかねないので、とりあえず宥めた。
俺は何もしてないのにとばっちりで開眼されたくない。
蓮二の開眼は害はないが、怖いのだ。



「あらぁ貞クゥン、どこ行ったかと思ったやないの」

聞き覚えのある特徴的な声が聞こえて振り返ると、件の双子の兄が小走りにこっちに駆けてくるところだった。

「…貞治…誰だ?」
「あらっ、こんにちわ♪アナタこそだぁれ?うちは貞クンといい関係にならせてもらったA組の転校生ですわ」
「……………さ、貞治…」

よろ、と蓮二が一歩俺から離れた。

「違う!蓮二、こいつが俺のクラスの転校生だ!オカマの天才!」
「オカマやなんて失礼やわぁ貞クン。あんなに寄り添った仲やないの」
「「!!!」」

蓮二がまた俺から一歩離れた。



「あっ!小春ぅ〜!こんなとこで何してるん?もしかして俺に会いに来てくれたん!?」

聞きなれない声…蓮二の後ろからやってきたのは見覚えのない男だった。

「あら、ユウくんやない。そっちこそ何でここにおるん」
「俺は小春のクラスに行こうと思…って、何や幸村君やないか」

…どうやらこの男が白石小春の双子の弟らしい。
話し方や見た目は兄に全く似ていない。こっちはどうやらオカマではないようだ。
少しほっとした。モノマネくらいオカマよりマシだろう。

「って小春ぅ!誰やその男!何腕なんか組んどんねん!」
「ユウくん、こちら手塚貞治クン♪うちのお隣の席やねん。二人太ももを摺り寄せあった仲や…」
「貞治…!」
「小春ゥーーー!?」
「誤解を招く言い方ばかりするな!蓮二!誤解だ!」

俺は慌てて絡ませられた腕を振りほどく。
が、その途端白石弟に襟首を強く引き寄せられた。

「!?」
「テメェ…小春に何しとんねん…殺すぞ?」
「弟、君も誤解してる!」
「じゃかあしい!言い訳すな!東京弁やめろ!」
「仕方ないだろう俺は標準語しか喋れないんだから!」

今にも噛み付かんばかりの表情で俺に食ってかかる弟。
俺にはどうすることもできない。
だって俺は文系だから!暴力は嫌いだから!
ていうかこいつもヤバイ!ガチホモだ!こいつも危険だ!

「ゴルァ手塚に触るなやユウジ!何しとんねん!死なすど!」

いきなり野太い声がしたかと思うと、目の前にあった弟の顔が消えた。



「……………」

気付けば目の前に弟が倒れている。
どうやら白石小春のストレートが弟の右頬にヒットしたらしい。



「ごめんねぇ貞クン、うちのアホ弟が失礼したわぁ」
「だ、大丈夫なのか…?」
「ああ、これ頑丈やから大丈夫や。これ言うのもあれやな、こいつユウジって言うねん。よろしゅう」

ユウジと呼ばれる弟はまだ痛みに悶絶して声も出ないのか蹲っている。



「………貞治、転校生に守ってもらえてよかったな。せいぜい仲良くしてもらえ」
「!」

すっかり空気と化していた蓮二の声に慌てて振り返ると、蓮二の目が開いていた。
そのままにやりと笑って、蓮二は身を翻して自分のクラスの方へと戻っていく。

「れ、蓮二!待ってくれ!誤解なんだ!」
「ああん、貞クン、行かんで!学校案内してやぁ♪」
「誰が…!」

また腕に絡み付いてきた白石小春を振りほどこうとした時、さっきの野太い声と右ストレートが頭を過ぎった。
目の前にはいまだ蹲り続ける哀れな弟、ユウジ。

「……………」



『貞治…好きだぞ』
『ずっと一緒にいてくれ…貞治…』

俺の頭に、昨日一緒にいた際に甘えた声で俺に愛を囁く蓮二の姿が走馬灯のように浮かんだ。



開眼した蓮二とキレたオカマ、どっちが怖いだろう…



 

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