今日から俺の部署に異動になった男は、大阪から転勤してくるらしい。
噂では若いのに随分と出来る男らしく俺は密かに仕事面では期待していた。

でも俺は関西弁は苦手だ。
ノリにもついていけない。

俺のすぐ下で働くことになるので必然的に付き合いが深くなることを考えるとそれだけが憂鬱だった。



「…手塚ブチョー?ですか?」

聞きなれない、少し訛りのある声に振り返ると、想像していたよりずっと高い位置に顔があった。
見慣れぬ顔だ。髪の毛が社会人とは思えないほどボサボサしている。
スーツもネクタイが緩んでいるし、何となく横溝正史の金田一を思い出した。

「そうだが」

おそらくこの男が大阪から転勤してきたという男なんだろう。
その男はほっとしたように笑う。笑うと随分人懐こい顔をしていて学生のようだった。

「今日からよろしく頼みます、大阪から転勤になった白石です」
「ああ。よろしく頼む、手塚だ」
「噂で聞いてた通りばい、鉄仮面っちゃね」
「……………」

随分と初対面で失礼な奴だ。
仮にも上司になる俺に平然と、いつの間にか敬語も使っていない。
なのに憎めないタイプなのだから得な性質だというほかない。
あと想像していた関西弁じゃない。何なんだ。



しかし仕事面では申し分ない人間だということはすぐに知れた。
飲み込みが早い上でフットワークまで軽いおかげで俺自身の仕事まで手伝ってもらえるほどだ。

「ありがとう。白石が来てくれたおかげで予定より早く仕事が終わった」

俺がそう言うと

「そぎゃん感謝されると照れるばい」

とまた人懐こい笑顔で笑うのだった。

ちなみに仕事の合間に何故関西弁じゃないのかも聞いてみた。
白石は何でもないように、学生時代九州の学校に通っていたと言った。寮生活だったらしい。
その言葉が抜けないまま大阪に戻ったようだった。
理由は何であれ、関西弁じゃないのは有難かった。



「それよりブチョー、今日昼飯一緒に食わんと?」
「ああ、構わないが…」
「この会社は社食がうまかって聞いとるんよ。楽しみにしてたばい」

仕事がキリのいいところまで片付いていたので、少しはやめだが昼食に行くことにした。



「まだ空いとるね」
「まだ時間が少し早いからな」

俺は大石の作った弁当があったから席を取ることにする。
白石が社食を買いに行っている間に窓際の、あまり人の来ない一角を陣取った。
混んでないから白石もすぐに買い終わって俺のところに来た。
その手にはA定食の載ったトレイ。

「ブチョーは弁当なんやね。愛妻弁当?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ社食食ったことないんか?」
「入社した頃は食べたこともあったけど、結婚してからは一度もないな」
「よかね。仲がいいんたいね」

白石が割り箸を割ったのを確認して俺も弁当を広げる。

大石は料理がうまい。今日の弁当もうまそうだ。
しかし大抵の食事は俺の母親に台無しにされている。
世の嫁姑というものは皆ああなんだろうか…

「ブチョーの家は子供はおると?」
「ああ、5人いる」
「5人もおると?頑張るたいねー、ブチョー」

からかうように言われて眉を顰めた。
こういうノリは苦手だ、ついていけない。

「うちにもね、おるよ。小さいのが」
「…お前も結婚しているのか?」
「え?いやいや、俺の子やのうて弟なんだけど一番下が小学1年生」

言われて想像してみれば、この長身の男が小学生の子供を連れているなんてまるで親子に見えるだろうな、と思った。

「しょっちゅう親子に間違われとるよ」
「………」
「…あれ、ブチョー笑っとる?」
「いや…すまない」

あまりに想像通りなものだからつい笑いがこみ上げてしまった。
そんな俺に白石は気にする様子もなく笑った。

「まぁいつものことたいね。俺も自分の子みたいなつもりで可愛がっとるっちゃ」

確かに面倒見良さそうなこの男のことだ、きっとその末の弟とやらも懐いているんだろう。

「…俺の家の一番下の息子も、小学1年生だ」
「ほんなこつ?偶然ばい」
「お前のところは何人兄弟なんだ?」
「んーと、うちは6人っちゃね」
「…お前の父親こそ頑張っているじゃないか」

さっきの意趣返しのつもりでそう言えば、白石は一瞬目を丸くしたあと笑った。

「うちの親父は見た目も中身も若いばい。正直年もいくつなんだかわからん」
「自分の親の年齢も知らないのか?」
「たぶん家族よりも親父のことよう知っとる人はぎょーさんおるよ」
「どういうことだ?」
「ブチョー芸能人詳しい?」

首を傾げる。あんまり芸能人は詳しくない。
テレビは見るけど、ニュースくらいだ。
子供達が見ているドラマとか、視界の端で見る程度だが…

「何で芸能人の話だ?」
「俺の親父、白石蔵之介。知っとる?」

……………

「…あの芸能人のか」
「だからそう言ってるばい。ブチョー、面白かね」

白石蔵之介といえば、さすがの俺でも知っている俳優だった。
息子達が見ているドラマにも何本も出ている。
そういえば俺の母親がテレビを見ながら「この俳優、いいね」なんて珍しく褒めていたのを覚えている。

「芸能界に疎そうなブチョーでも知っとるってことはやっぱり有名なんっちゃね、親父」
「…あの俳優は相当若いように見えていたが。お前くらい大きい子供がいたんだな」
「俺が生まれた頃は未成年だったとよ。当時俺、隠し子」
「……………それはなかなかに壮絶だな」
「そうでもなかよ。親父はあの通りチャラチャラした奴だけど、その分退屈はせんかったしね」

隠し子として育った白石の気持ちなんて俺には分かるはずもない。
でも人懐こく笑う白石を見る限り、本当に歪んだところもなく、真っ直ぐ育ってきたのが見てとれた。



「お前、どこに住んでいるんだ?」
「ん?×××って街のデッカイ道場あるの、知っとる?親父の実家なんだけど…そこに住んでるばい」
「…そこ、俺の家の近所だぞ」
「ほんなこつ!?じゃあご近所さんっちゃね!」

まさかあの白石蔵之介が近所に住むことになろうとは、きっと家族が聞いたら驚くだろうな…

「じゃあ近々親父と一緒に挨拶に行くばい」
「忙しいだろう。わざわざそんなことしてくれなくていい」
「いや、近所の挨拶回りは親父にさせるって家族で決めたんっちゃ」

前もって言っておかないことにはパニックになりかねない。
でもそのリアクションを想像すると少し楽しみだ。

「…白石、頼みがあるんだが」
「ん?」
「挨拶に来るなら休日にしてくれないか」
「まぁ俺も休みじゃないと行けないからそれは別にいいけど…何で?」
「……………」

白石蔵之介が来た時の家族のリアクションが見たいからに決まっている。



「…まぁいいたい。俺、この街気に入ったとよ」
「そうか…それは良かったな」
「手塚ブチョーも楽しいし、仕事も楽しくなりそうたい。頑張るっちゃ」

にっこり笑う白石の笑顔に、俺も頷いておいた。



「…白石、もうひとつ頼みがあるんだが」
「何?」
「……………白石蔵之介のサインをくれ」



……………

俺の言葉に、白石は楽しそうに笑って頷いた。



 

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