食パン一枚。

ビニール袋を開けてかぶりつく。
よく噛む。噛むことで満腹中枢が刺激されて云々。

「…ユウジ、昼食はそれだけか」
「いつもの弁当はどうしたんだ?」

隣の席でいつも通り向かい合って仲睦まじく弁当を広げる蓮二と貞治が俺の昼飯を見て眉をひそめた。
うまそうな弁当に、目の前には恋人。恵まれた二人に憎しみが募る。

「…今日から一週間小春が委員会で朝早いから弁当抜きやねん」

普段は俺かて小春のパーフェクトな手作り弁当に舌鼓を打っとるわけやけど、委員会を頑張っとる小春に無理はさせられん。
この弁当廃止週間は俺の提案や。
せやから今日から一週間は各自好きなモン買って適当に食うことになってんけど…

「俺今めっちゃ金ないねん」
「「……………」」

廃止を提案してから自分の財布に86円しかないことに気付いた。

「…昼食代くらい父親に言えば出してくれるんじゃないか?」
「というか自分で作ったらどうだ。お前も料理出来るだろう」

貞治と蓮二の言い分はもっともや。
せやけど親父はああ見えて金の使い方には厳しい。
確かに他の家庭よりは多い小遣いを貰っているが、その代わり前借りは一切無し。俺ら兄弟は貰った小遣いで1ヶ月遣り繰りするように躾られている。
弁当はわざわざ自分一人の為に作りたくない。

というわけで俺の今日の昼飯は家から持ってきた食パン一枚や。

「もう小遣いがないって…まだ月の上旬だぞ?」
「しゃあないやろ、今月小春にプレゼント買うたんやから」

結構値は張ったけど、小春の笑顔が見れたんやからええねん。それだけの価値はあった。
蓮二は呆れたように溜め息をついて、卵焼きをひとつ俺の口に入れた。

「おおきに。…何やしょっぱいな」
「うちの母さんは何にでも生醤油を入れるからな」

もぐもぐ卵焼きを咀嚼してたら貞治が思い切り恨みがましい視線を送ってきたけど無視した。

「蓮二、その肉もくれや」
「仕方ない奴だな」

肉はしょっぱかったが、味の濃いものが食えた喜びに俺の胃が震えるのを感じる。

その後貞治の弁当の中の鯖の味噌煮も奪って、俺の昼飯は終わった。






千石の大して面白くもない午後の授業を受けながら、俺は考える。
今後もこういうことがないとも限らない。
小春が欲しいっちゅーもんは何だってプレゼントしてやりたいと思うから。
せやけど俺の小遣いじゃそれも限界がある。

……………

「…なぁなぁ、蓮二ー」
「授業中だぞ」
「ええやん、あんま進んどらんし」

蓮二の頭ならわざわざ千石の話なんか聞かんでも問題ないやろ。
小春ほどやないけど頭ええんやから。

蓮二は嫌そうな顔でちらりとこちらを見た。

「…聞いてなきゃいけないのは俺じゃなくてお前だろう」

…その辺は…まぁええやん。

「何の用だ」
「あんな、一緒にバイトせえへん?」

俺の言葉を聞いた蓮二が更に顔をしかめた。

「無理だ」
「なんで、」
「まず両親が許さない。次に兄弟が許さない。そして…まぁこれは特に問題はないが、貞治が許さない」
「………過保護な環境やなぁ…」

直接関わったことはないが、蓮二とそれなりに仲良くなった今、奴の家族の話はある程度聞いて知っている。
しかし高三にもなった男子がそこまで過保護というのはどうなんだ。バイトも無理って、就職どないすんねん。

「大体何のバイトをする気だ」
「駅前に最近出来た居酒屋あるやろ?『六角』ってとこ。バイト募集しとったで」
「居酒屋か…100%無理だな」

100%て…聞いてみな分からんやろ。
俺のそんな気持ちが顔に出ていたのか、蓮二は眉を上げた。

「『居酒屋なんて酔っ払いの巣窟でアルバイトなんかしたら男も女も蓮二を口説きにかかるだろ!』…と、あいつらは言う」
「ああ、言いそうやなぁ…貞治とか」

まぁ俺も小春が居酒屋でバイトするなんて言われたら同じこと言うかも分からんし、気持ちは分からんでもない。
…いや、蓮二が老若男女にモテるとは認めへんけど。

「バイトに興味がないわけではないが…やるなら一人でやってくれ」
「ならこっそりやろやー、週末だけでええからー、なー、ええやろー?一人やと不安やーんバイトとか初めてやしー」
「語尾を伸ばすな…」

千石の授業の間中粘って媚びて逆ギレして泣き落として色仕掛け…だけは小春のためにも出来んかった。
けど、蓮二はやっと「…仕方ないな」と頷いた。
何や、やっぱり蓮二もやってみたかったんやな。本気でやる気なかったら絶対頷かへんもん。






放課後、俺と蓮二はコンビニで履歴書を買って俺んちに向かった。

俺の部屋で向かい合って順調に欄を埋めていく。

「…なぁー」
「何だ」
「志望動機って何書くん?」
「正直に書けばいいだろう」
「ふーん…じゃ『遊ぶ金欲しさ』、と…」
「………それは犯行動機だ」

蓮二の履歴書を見てみると、綺麗な文字で当たり障りのないことが書かれている。
俺はそれを丸ごと写そうとして蓮二に軽く叩かれた。



「…書けた!」
「後は六角に電話して、面接だな」

履歴書を三つ折りにして封筒にしまう。

「俺はとりあえず家族を納得させる方便でも考えるか」
「貞治はええん」
「あれに発言権はない」

貞治…哀れや…
小春も同じこと言い兼ねへんのがまた悲しい。



ともかくこれで準備万端や!

待っててや小春!俺バリバリ働いて、小春にエルメスのバーキン買うたるからな!



 


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