「よし…まぁこんなもんやろ」

俺達家族は今日この街に引っ越してきた。



俺、白石謙也は与えられた一室の片付けをほぼ終えて部屋で一息ついた。

俺達家族がこの街に引っ越してきたのはわけがある。
まぁ親父と兄貴の仕事の都合っちゅーよくある話や。

「謙也ー部屋の片付け終わったか?」

部屋の扉が開いて中から入ってきたのは件の兄貴、千里やった。
千里は長男で、社会人をやっとる。仕事の実績を認められてこのたび関東に栄転、となったらしい。
が、俺からしたら入ったばっかの中学を転校させられる羽目になって結構迷惑や。

「まぁ大体終わったで」
「お、さすが謙也ばい。すっかり綺麗になって。偉かね」

千里はいつまでたっても俺達弟を子供扱いする。
優しいし頼りがいあるけど、その点だけは勘弁して欲しい。

「さっき金ちゃんの部屋見たけど全く片付け進んどらんかったばい。あの子は困った子じゃね」
「どうせ後で千里が手伝うんやろ。あんま甘やかしたら親父が怒るでぇ」

そして千里は末っ子の金太郎を一番甘やかしている。
金太郎も今年小学校に上がったばっかりだったが、奴は転校なんて別に気にしてないらしい。
子供は順応力があるからな…羨ましい限りや。

「銀じーちゃんが茶ぁ入ったから降りてこいって言うてたっちゃ」
「おう。ほなすぐ行くわ」

俺達が住むことになったこの家は銀じいちゃんの家や。

銀じいちゃんはずっとこの街で道場を開いて、そこの師範代をやって暮らしてたんやけど、今回の引越しで一緒に暮らすことになった。
俺は武術とかやらんからよう知らんけど結構有名な人らしい。
あんまり怒ったりせんけどでかいから威圧感が凄い。けど優しい人やから俺は好きや。



階下に下りていくと、既に光が居た。

「光も部屋の片付けもう終わったんか?」

光はウチの五男で、小学5年生。
めんどくさがりで、最近ちょっと反抗期らしい。
今も俺の声にちらっと目線を走らせただけで溜め息をついた。

「…まぁめんどくさいけどしゃーないっすわぁ…」
「そう言うなや…あ、お前またピアス空けたな」

俺は光の左耳に3つめのわっかが光ってるのを見て眉を顰めた。

「これで5個っすよ。最終的には20個くらいまで増やしたいんすわ」
「…耳ちぎれるで」

痛いのが嫌いな俺としては耳に好んで穴を開ける光の神経が分からん。
こいつマゾなんちゃうか。将来不安やわ…

「謙也さんヘタレやから」

生意気にふん、と鼻で笑って光はお茶を啜った。
むかついたけど反論するのはやめる(こういうとこがヘタレ言われる理由なんやろうな)
いや、俺はヘタレなんやなくてガキに反論するのも大人気ないと思うだけや。



「謙也、座りなさい。お茶入ったで」

銀じいちゃんが入れたてのお茶を持って部屋に入ってきた。

「これからこの家も賑やかになるわ。蔵がいなくなってやっと静かになった思てたんになぁ」
「文句は親父に言いや。千里はともかく俺達子供はむしろ被害者や」
「しばらく見ん内に口が達者になったなぁ、謙也」

銀じいちゃんは楽しそうに笑う。
その表情を見る限り、俺達がここに住むことを迷惑に思ってるわけじゃないようだ。
息子と孫と一緒に住めるって言えばそりゃ嬉しくないじじいはおらんわな…

「蔵が離婚したって聞いた時はどうなることかと思ったけど、皆元気そうで安心したわ」

そう、銀じいちゃんの言う通り俺達に母親はいない。
金太郎が生まれてすぐ離婚した。
親権は何故か親父が握った。
まぁ一人になった女に男ばっか6人も育てる余裕あらへんやろうしな。
その点うちの親父は金だけはあった。
俺はまだ小さかったからあんまり母親の顔は覚えとらん。

「じいちゃんちのテレビ古いっすわ。新しいの買わな地デジ見れんくなりますよ」

光がそう言ってリモコンでテレビの電源を入れた。

「テレビはあんまり見いひんからな」
「親父に買わせたらええやん、CMやってるんやし安くなるんちゃう?」

ついたテレビに映っていたのはワイドショーで、ちょうど親父が映っているところだった。

そう、俺達の親父は世間では割と人気のある(らしい)俳優なのだ。

テレビに映る親父を見て光は眉を顰める。
自分の親父がテレビでちやほやされてるのを見るのが複雑な気持ちはよく分かる。

「おお、蔵。相変わらずチャラチャラしとるなぁ」
「チャラチャラしすぎっすわ。いくつやこの人」
「映画の公開インタビューやな。いつからやっけ?これ」
「知らん。親父の出る映画なんて見やんし」
「相手役の女優俺好きなんよ。嫌やなぁ親父の恋人役なんて…」
「親父に紹介してもろたらええやないですか」
「…光ぅ、お前頭いいな」

インタビューでは普段の三割り増しの笑顔を振りまく親父。
まぁ客観的に見たらかっこええ男やっちゅーのは分かるんやけどな…

『白石さん、最近プライベートはどうですか?』

画面の中のレポーターが親父にマイクを向ける。
親父はにっこり笑った(こういう顔に女は弱いってよう知っとる)

『実は今日うち大阪から関東に引越してんですわ』
『えー、今日ですか?』

「…何やこれ、生放送?」
「みたいやな」

『息子達に任せてるんですけど。これから仕事しやすくなりますわ〜新幹線代かからんし』

「「…けッ」」

親父は仕事柄、関東に来ることの方が多い。
今までは通ってたんやけど、急に通うのが面倒になったらしい。
急に引っ越すで!と言われたのは一昨日の話。
俺達が度肝を抜かれたのは言うまでもない。
引っ越すと言っといて当日自分は仕事でおらんてどういうことや。
自分の休みの日に全部自分でやれっちゅー話や。
この引越しを喜んだのは千里だけやった。
仕事でこっちに来ることは結構前から決まっていて、単身でこっちに来る予定だったから。
千里は「家族はやっぱ一緒におった方がいいばい」とか張り切って荷造りをしていた。
なので俺達は皆荷造りは千里に任せた。



「あら〜お父ちゃんやないの!今日も男前やねぇ」
「小春ぅあんまり親父親父言うなや!それって浮気やど!死なすど!」
「嫌やわぁユウ君もお父ちゃんに似て男前やで」
「小春ぅ〜!愛してんでぇ!」

うわ…次男と三男の双子お笑いホモ近親相姦アホコンビが現れた。
いつ見ても気色悪いが、言葉にはしない。それが俺の優しさ。

「兄貴らキモいっすわ」

…しかし光は容赦ない。俺の優しさ台無し。

小春とユウジは高校3年生だ。
受験という大事な時期に引越しなんて怒るべきところだと思うのだが。
でも小春はめちゃくちゃ頭ええし、ユウジは小春が良ければそれで良しって感じや。



『新居はどのような感じなんですか?』

レポーターの声に、またテレビの方に向き直る。

『俺の親父の家なんで、デカくて古いだけで和風で怖いんよ。幽霊出そう』

「なんちゅー言い草や…その幽霊出そうな家で育った癖に…」

銀じいちゃんが苦笑した。
帰ってきたらしこたま怒ってええで。

「じいちゃんホンマなん!?この家お化け出るんかぁ!?」

一際デカい声で末っ子の金太郎が部屋に入ってきた。
心配せんでもそのデカい声じゃお化けの方が逃げ出すわ。
光は金太郎が入ってきたことに俺より早く気付いていたらしく、既に耳を塞いでいた。
キンキンする耳を押さえる俺を見て、光はにやっと笑った。
ほんまにいい性格してはるわ、こいつ…

「おお、金太郎はん。こっちに来ぃ、今ジュース持ってきたるからな」
「なぁなぁじいちゃんホンマなん!?お化けは嫌やぁ!!」
「心配せんでもこの家のお化けは悪い子のところにしか来いへんよ」
「じゃあ父ちゃんは悪い子やってんか?」
「ははは、せやなぁ…蔵はあんまりええ子やなかったな」

………俺は光を見た。

「…何すか」
「…お化けがいること自体は否定せんかったな」
「何や謙也くん、怖いん?ほんまヘタレやわぁ」

全く可愛げがなくて憎たらしい。

「悪い子のところに来るらしいで。光気ぃつけや」

光が眉を寄せて俺を睨んだ。
意外に光が怖がりであることを俺は知っている。
これで少しはおとなしくなる…とは思わないけど、気分は少しすっとした。



「じーちゃん、近所の挨拶行った方がよか?」

金太郎の部屋を片付けていたのか、一足遅れて部屋に来た千里は開口一番そう言う。

「ああ、そうやな。明日にでも行ったらええ。蕎麦なら買うてあるで」
「ソバー!じいちゃん、ワイ、ソバ食いたい!ソバくれやー!」
「大丈夫や、ちゃんと金太郎はんの分もあるからな。後で茹でような」

既にお化けのことは忘れたのか金太郎は無邪気に銀じいちゃんの腕にぶら下がっている。

「千里、挨拶は親父にさせたらええやん」
「そうっすね、親父が行ったら近所関係は安泰ですわ。奥さん方に媚び売ってもらいましょ」

俺と光がそう言うと「そうたいね」と言って千里は座った。



「まぁお前らは蔵の都合で無理矢理こっちに来させられて不満やと思うが、この街も結構いい街やで」

銀じいちゃんが笑いながら言う。

「俺も一週間前に会社に挨拶にこっち来たけど、なかなか良かとこばい」

千里も笑いながら同意する。



俺はまだ正直納得はいってないけど、二人がそう言うなら前向きにやってやろうかという気持ちになった。



『じゃあ白石さん、最後にこの映画のPRを一言お願いします』
『この映画、かなり面白いでぇ。んん〜ッ、絶頂!』



光がテレビ画面に湯呑みを投げた。
俺は大人だからそんなことせんけど、今日初めて「光、よくやった」と心の中で思った。



 

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