その日はとても天気が良かった。



久しぶりに仕事がオフやったお父ちゃんが、朝から「今日は大事な話があんねん。せやから皆早よ帰ってきてな」って言っとって、嫌な予感はしてたんや。

「なぁ小春ぅ、親父の話って何やろな?また転校とかやったら嫌やなぁ」
「あら、ユウくんは幸村君と離ればなれになるんがそない寂しいん?」
「ア、アホ!何でやねん!蓮二は関係ないわ!俺は小春とおれるんやったらオーストリアでもフロリダでもどこでも行くっちゅーねん!」

ユウくんといつもの軽口を叩きながらの通学路。

まさかあんな重大発表をされるなんて、この時のウチらは思ってもみなかったわけで………






学校から帰ると、珍しくじいちゃんまで家におった。
千ちゃんと金ちゃんはまだいない。

「ああ、金太郎はな、千里に迎えに行かせてん」

成る程。確かに金ちゃんのことやから朝のお父ちゃんの言葉なんか忘れてグラウンドで遊び呆けとる確率は高いわ。
それにしても千ちゃんはあないに会社早退ばっかしとって大丈夫なんやろか。
もう今年の分の有給休暇は(全部金ちゃんのイベント絡みで)使いきったみたいやし。

「…で、大事な話て何なんスか」
「光、まぁ待ちや。そない急かさんでも全員揃ったら…な」

お父ちゃんは光に向かって完璧な笑顔で軽くウインクした。
いやん、やっぱりお父ちゃん最強にイケメンやわ。ウチにもウインクして欲しい。
お父ちゃんに熱い視線を送るウチの隣でユウくんが嫉妬に燃えた目を向けてくる。
悪いけどお父ちゃんに比べたらユウくんじゃ数段落ちるわ。



ウチが淹れたお茶を皆で飲んで、今日あった出来事なんかをお父ちゃんに報告しとるうちに、千ちゃんと金ちゃんも帰ってきた。

「ただいまー!」
「はい金ちゃん、おっきい声でよう言えました。えらかねぇ〜」

居間に入った金ちゃんはすぐにテーブルの上の煎餅に手を伸ばす。
それをお父ちゃんが「手ぇ洗ってから」とたしなめた。

千ちゃんはお父ちゃんの顔を見た途端うんざりした表情で溜め息をつく。
相変わらず、仲はあまり良くない。会話するだけ昔よりはマシやけど。

「何や千里、人の顔見て溜め息つくなや。イケメン過ぎて感嘆の溜め息なら許したるけど」
「…ほなこつ嫌な予感がすっとよ…たぶん俺の予想、当たっちょるけん」
「え、千里分かるん?何?何?俺一日考えたけど分からんかってん」

もう一度深い溜め息をつく千ちゃんに謙也が身を乗り出す。
千ちゃんがそう言うんやったら、きっと当たっとるんやろなぁ。
お父ちゃんのことにかけては千ちゃんはホンマによう勘が働く。

「金ちゃん、ちゃんと手ぇ拭きや。…よし、全員揃ったな」

全員が定位置についたのを確認して、お父ちゃんは姿勢を正した。
それを見て全員つられて姿勢を直す。
あら、光も珍しく正座しちゃって。かわええわ。

「ほな…大事な話、させてもらうで」
「前置き長いわ」
「どうせ予想はついちょるけん、早よ言わんね」

…千ちゃんだけは胡座や。

お父ちゃんはユウくんと千ちゃんの言葉はさらっと無視して、すうっと息を吸い込んだ。



「…俺、再婚しよ思うねん」



………皆の緊張が解けた。



「…やっぱり。そんなこつやろ思ったとよ」

千ちゃんはまた溜め息をついて髪を掻き回す。

「何や、それほど重大発表でもないやん。なぁ小春?」
「せやねぇ、想定の範囲内やわ」

背中を丸めてウチに擦り寄るユウくんをやんわり押し退ける。

「あー、転校やなくて良かった」

謙也は胸を撫で下ろしてお茶を啜った。

「まさかもうガキ仕込んどるんやないでしょうね。勘弁ッスわ」

光は既に正座を崩して手鏡で髪のセットを直しとる。

「なぁ、さいこんってなんやぁ?」
「金太郎はんに新しいお母さんが出来るってことやで」
「ほんでまたすぐいなくなるってことか!分かった!」

じいちゃんの教えに物分かりの良すぎる返答を返す金ちゃんには少し泣けた。
こない小さいんに我が家に女が居着かんことを理解しとるなんて不憫やわぁ。



「…ちょ…何やの、その反応の薄さ…」

驚かすつもりが逆に驚いとるお父ちゃんは、それでもやっぱりイケメンや。

せやけどウチら、慣れっこやねんて。

「どうせすぐ出てくばい。籍入れんでもよかち思うけん」
「せやなぁ、戸籍にバツ増えるだけやで?」

どうせすぐ別れることを前提で話すウチらに、お父ちゃんは湯飲みをテーブルに乱暴に置いた。

「何でやねん!今度は本気や!」

一瞬場に降りる沈黙。

「…金太郎のオカンと結婚する時も同じこと言っとったよなぁ…」
「今度こそお前らの為にも長続きさせたるで!てなぁ…」

謙也の言葉にユウくんが物真似で返す。相変わらずよう似とるわ。

「今度は今までとはわけがちゃうねんて!今までは向こうから寄ってきた女やったけど、今度は俺からいったんやから!」
「え、それは珍しいスね」
「なら尚更やめなっせ。結婚してただの仕事人間ってバレたらすぐ捨てられるばい」
「お前らちっとは祝福せえや!!!」

…素直に祝福してあげるには、ちょーっと前科がありすぎるわなぁ。
ゴメンネ、お父ちゃん。こればっかりはウチも味方出来へんわぁ。

「ちゅーか蔵、相手はどちらの方や」
「せやね、それ気になるわぁ♪」

じいちゃんの疑問はもっともや。さすが銀じいちゃん。



「実は今日呼んどんねん」
「「「「「「「!?」」」」」」」

今日初めて全員が驚いた。

「百聞は一見にしかずって言うやろ?会うてもろたらその人の良さがお前らにも分かる思てな…」 
 
お父ちゃんがもっともらしくドヤ顔で説明してる最中、インターフォンが鳴った。

「お、もう来たんか。時間ピッタリや。さすがやな」

嬉しそうに玄関に向かうお父ちゃんの背中を見送って、兄弟全員顔を見合わせる。

「…どう思う?」
「女んこつであげんウキウキしとっとは珍しかね」
「何や、よっぽどええ女なんか」

小さく言葉を交わしながら耳を澄ましてみると、玄関から「よう来たなぁ」とか「上がってや、汚いとこやけど」とか定番なやり取りが交わされとる。
相手の声は聞こえへん。
こっちに向かう足音が聞こえて、ウチらはまた改めて姿勢を正した。



「お前ら!ちゃんと挨拶しいや!」

居間の襖を勢いよく開けたお父ちゃんに全員の視線が集まる。



……………



ウチらは今度こそ言葉を失った。
満面の笑みを浮かべたお父ちゃんに紹介されて、居心地悪そうにそこにおったんは、今までとはまったく毛色の違う―――いや、もっと言えば、



「小石川健二郎さんやで!皆仲良うしいや!」



「「「「「「「男やん!」」」」」」」 
 
 
 
かつてない程兄弟達の心はひとつになった。






「ちゅーか俺、女やなんて言うとらんし」
「…せやけど常識的に考えたらさぁ…」
「俺の辞書に常識なんて言葉はあらへん」
「確かに(この世界的に)結婚は出来るばい…」
「赤也の母ちゃんもアレやしなぁ?(この世界的に)あんな母ちゃんもアリちゃうの?」

小石川さんをおいてけぼりにして兄弟に別室に引っ張り込まれたお父ちゃんと兄弟達の声が聞こえる。

ウチは小石川さんを座らせてお茶を淹れた。

「どうぞ」
「あ、はぁ…おおきに」

あら、関西出身なんやね。
それに地味やけどなかなかにイケメンやないの。ロック・オン☆

「小石川さんはお父ちゃんとどこで知り合いはったのん?」

ちょっとオドオドした感じやけど人見知りなんかしら。
ウチは小石川さんの緊張を解くためにいつもの数倍愛想を使た。

「えーと…俺は白石さんの事務所に新しく入ったマネージャーで、」
「あら、お父ちゃんのマネージャーさんやったの」
「いえ、俺は今売り出し中の××さんの…」

××さんと言えば爽やかな笑顔としなやかなダンスが売りのアイドル歌手やないの!
小石川さんが新しいお母ちゃんになったらお近づきになれるかしら。
ウチの中で小石川株急上昇☆



「いやー、スマンなぁケン坊。来てもろたんに一人にしてもうて」

別室からお父ちゃんが戻ってきた。
どんな話をしたんか知らんけど、兄弟達は皆渋い顔や。

「とりあえず子供らの許可はもろたで。小春もかまへんやろ?」
「ウチは最初から別に反対やあらへんで」

別にお父ちゃんが結婚してすぐまた離婚しようと今更大したダメージあらへんし。

「…ってことや、ケン坊!幸せになろな!」
「え…?」
「式はどないしよか。ケン坊は初婚やからやっぱ派手な方がええ?」
「…は?」
「ケン坊は和服似合いそうやなぁ。俺も和式はやっとらんからその方向でいこか」
「ちょ…、待てや白石!何の話やねん!」

ウキウキと話を進めるお父ちゃんと対照的に疑問符を浮かべまくりの小石川さん。
ウチら兄弟も首を傾げた。

「え…今日は結婚の挨拶に来たんやなかと?」
「は!?結婚!?誰と誰が!?」
「…いや、親父と…小春、名前なんやったっけ」
「このみしかわさんや」

「小石川や!」って、なかなか機敏な突っ込みするやん、小石川さん。
ウチますます気に入ったわ。

「どういうことやねん!聞いてへんで!?」
「…こ、こっちのセリフなんやけど…」

小石川さんの剣幕に謙也が押されとる。



「そもそも付き合ってもおらんし!」



……………はあ?



どういうことやねん。

ウチらは全員お父ちゃんを見た。
お父ちゃんはきょとんとしとる。
素の顔も何やかわええやないの。

「………え…ケン坊、俺んこと好きちゃうの?」
「なっ…す、好きって俳優としてや!」
「え…えええぇえ…この世に俺んこと恋愛感情無しで見る人間なんかおるん…?」

えええぇえ、はこっちのセリフやった。

「普通惚れるやろ…俺が好きやねんで?相思相愛に決まっとるやん…」
「…親父、自信過剰ッスわ…」

家の中は更に変な空気になった。

「け、結婚なんて…する気あらへんし!」
「う、嘘やん…」

お父ちゃんは愕然と項垂れた。
何やちょお可哀想やねぇ。



小石川さんは顔を真っ赤にして我が家を去って行った。

千ちゃんがやたら見下すようなニヤニヤした笑みを浮かべてお父ちゃんを眺めとる。

「残念やったばいねぇ、親父」
「フラれんのとか初めてなんちゃう?」
「ええ勉強になったやろ。諸行無常や」

口々に言いたいことを言う家族を、お父ちゃんは涙目でキッと睨み付けた。

「…上等やん、ケン坊…この俺をフるなんて…絶対落としたる…!」

新たな決意を燃やすお父ちゃんに、ウチらは全員溜め息を吐いた。



その後小石川さんはよううちに来るようになって、ウチらに「ケン坊」と呼ばれるほど仲良うなってんけど、お父ちゃんとの仲は別に進展しとらんらしいで。
可哀想なお父ちゃん。
冷たい兄弟達の分もウチが慰めたるさかい!



 


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