こっちに越してきて二回目の文化祭の季節がやってきた。

去年は確か、俺はクラスで劇やったんや。ロミジュリ。
俺は音響で全く見せ場はなかってんけど、亮のロミオはなかなか評判良かったんやで。
俺のHIPHOPな選曲が斬新で良かったんやな、たぶん。

で、今年は『縁日』やって。
特別教室借りきってたこ焼きやらヨーヨー救いやらの屋台を出すっていう。
初日はなかなか売り上げも良かったから、今年の打ち上げは豪勢になりそうやな!



「謙也、そろそろ交代だぜ」
「おん、おおきに」
「飯これからだろ?このチケットやるよ」

俺に交代を告げた亮がくれたのは、中等部2年C組のコスプレ喫茶のチケットやった。

「…けったいやなぁ」
「ジローがくれたんだよ。俺は行く気しねぇからお前が行け」

ジローっちゅうんは確か亮の兄貴の名前やんな。
俺は会うたことないけど、跡部家の長男…どんな人なんやろ。

「ま、貰えるモンは貰っとくわ。おおきにな」

チケットには「ランチセット半額」の文字。
これで今日の昼飯代は浮く。 
 
俺はそのチケットを有り難くポケットに入れて、2年C組に向かった。






「…これは…予想以上に派手やわ…」

2年C組は、まさかの食堂を貸し切っとった。
ただでさえだだっ広くて天井の高い、やたら高級感のあるレストランみたいな作りの食堂が、更にゴージャスに飾り立てられとる。
たぶんあのシャンパングラスのシャンデリアとか、壁に飾られた何や前衛的な絵画とか、至るところに置かれた立派な花瓶に納まったむせかえるような香りの薔薇とか、たぶん跡部家の計らいやろ。
それが想像つく程度には俺もこの学校に慣れてる。

跡部家の息子がおるクラスは一事が万事、派手になる。莫大な資金援助があるから。
亮は援助を拒否しとるからうちのクラスは地味なもんやけど。
末っ子のクラスのお化け屋敷なんかホーンテッドマンションみたいになっとるって噂や(ちゅーか末っ子のクラスは去年もお化け屋敷やったやんな…)

それにしてもコスプレ喫茶がこないゴージャスってどうなん。
店内がこれならもしかして女子のコスプレのクオリティ相当高いんちゃうか。
バドガールとかバニーガールとかおらんかな。 
俺はちょっと期待が高まった。



「いらっしゃいませー」
「あ、はい…、…!?」

店員に声をかけられて振り返った俺は固まった。

「チケットはお持ちですか?…はい、こちらのお席へどうぞ」

………ガンダム(SEED)や…!
めちゃくちゃクオリティの高いガンダムが店員やっとる…!
俺の求めてない方向にクオリティ高っ…!

何で出来てるんやろ…段ボールちゃうよな…
つやつやしたガンダムの背中を見ながら、俺は店員の後について案内された席に座った。

あ、よう見るとザクとゲルググもおる。あ、シャア大佐や。
…何でガンダムばっかやねん。
せめてララァとかソシエお嬢さんとかおらんのかい。

俺は若干残念な気持ちでテーブルに置かれたメニューに目を走らせる。



…その時、やっと気付いた。



俺が座った席のテーブルを挟んで、椅子の上に誰かおる。
正確には、寝てる。
ガンダム、何で気付かんねん。相席とか聞いてへんで。

俺はちょっと腰を浮かせてそいつを覗き込んだ。

「………っ!」

そこにおったんは女子生徒だった。
うちの学校の制服を着た金髪の女子が、窓から差し込む日差しの中で気持ち良さそうに寝息を立てとる。

か、かわええ…

くりくりと癖のある短めの金髪は柔らかそうで、色が白くて、短いスカートから覗く足も真っ白で長い。
女子にしちゃ結構背ぇ高いんちゃうか。
長い睫毛が頬に影を落としとる。どんな目ぇしとるんやろ…絶対かわええに決まっとる。

神様おおきに。
こんな美少女と相席なんて俺ツイとるわ!
何でこんなとこで寝とんのか謎やけど…



「………ん、」

じーっと眺めとったら美少女の睫毛が震えた。
ゆっくり開いた目はとろんと青っぽい光を覗かせる。

「う、あ…」

…理想通りや…!

想像したより、いや、想像よりずっとかわええ。
俺は頬に熱が集まるのを感じた。
少し周りを見回した彼女は俺を視界に捉えて、ちょっと首を傾げた。

「…あれ〜…君、誰?」

声低っ!予想したよりも遥かにハスキーな声に一瞬ビックリしたものの、そりゃ全てが理想通りなんてそこまで現実は甘くないわな、うん。と自分を納得させる。

「あ、え…と、客…?うん、客なんやけど…」
「…あーもしかして俺ここで寝てちゃ邪魔かなあ?」
「やっ!かまへんで!全然邪魔ちゃうし!」
「ん〜…でもブン太くんに怒られちゃうC〜…」

今にも席を立ってしまいそうな美少女を引き留める口実を必死に考える。
このチャンスを逃したらアカン!スピード勝負や!

「せや、せやったら…一緒に飯食わへん!?」
「…?」
「一人で飯食うん寂しいなぁ思っててん。寝てたってことは休憩中なんやろ?」
「お金ないC〜」
「奢りに決まっとるっちゅー話や!」

女の子に金出させるなんてカッコ悪いことすなって親父に言われとるから、こういうとこでは多めに金持っとんねん、俺。

「…マジマジ!?」
「マジマジ!」

美少女はぱっと顔を輝かせた。
くぅ〜っ、眩しい…!
ぱっちり開いた目がきらきらしながら俺を見とる。かわええ…!

「ラッキー♪お腹空いてたんだよね〜」
「好きなモン頼みや!ほい、メニュー」

俺が渡したメニューを嬉しそうに眺める美少女。
あ、髪の毛ちょっと寝癖ついとる。
美少女なんにそういうんに無頓着とか、かわええわ。

「じゃあ俺、このCコースの…メインはラムで!」
「ほな俺はBランチセットで」

ガンダム(ターンA)に注文をして、俺は改めて美少女を見た。
ホンマにかわええ。寝てる時は深窓の令嬢っぽかったけど起きると意外と無邪気なとことか、ホンマタイプやわ。

「君、このクラスなん?」
「うん。でも俺はほとんど働いてないけど〜」
「へぇ、そうなん…」

…はっ!そうや…きっとこの子は体が弱いんや…!
せやからクラスに貢献せんでも許されるし、さっきもこんなとこで寝とったんやな。
肌も真っ白やし、線も細いし…
…ああ、守ってあげたい…!

「だ…大丈夫なんか…?」
「?何が?」
「いや…寝とらんくて平気か?」
「うん、充分寝たC〜!午後からは少しは働かないとね!」

…!なんて健気なんや…!
こんな病弱な子ぉ働かせるなんてこのクラスの連中は鬼畜や!

「サボってばっかりじゃ怒られちゃうもんね」
「そんなん…!そんなん、君は悪ないわ!」
「そうかなぁ?」
「当たり前やん!辛くなったら俺に言いや、俺が代わったる!」

美少女は目をぱちぱちさせると、君面白いねぇと言って笑った。
笑顔もかわええ。ひまわりみたいや。



話をしてるうちに料理が運ばれてきた。

うおっ…さすが跡部家の息子のクラス…!
文化祭の域を越えたメニューや。
こんな金かかったもん普通に暮らしてても滅多に食えへんで。
一体いくら援助されとるんやろ。こない援助を良しとする跡部家の長男ってホンマどんな奴なんやろ。

「んーっ、おいしそー!いただきまーす♪」

目の前の美少女は器用にナイフとフォークを使って料理を口に運んでいる。
随分慣れとんのやな。やっぱええとこのお嬢さんなんやろな。
俺は親父は確かに有名やけど、ただの成り上がり庶民やから身分違いやんなぁ…
障害の多い恋になりそうや…
せやけど恋は障害が多い方が燃えるっちゅーしな!?

「食べないの?おいCよ?」
「あっ、うん、食べるで!」

俺も慣れないナイフとフォークでぎこちなく食べ始める。
くそ、カッコ悪いわ。こんなことなら親父にマナー習っとくんやった。



それにしても彼女は美味しそうに食べる。
あんな美味そうに食われたら子羊も本望やろうな。

「あ…ほっぺ、ソースついとるで?」
「え、どこどこ?取ってー」
「ちゃう、そっちやなくて、こっち」

指先で彼女の頬に触れる。
っあー!これめっちゃカップルっぽい!

「ありがと!ごめんね〜、俺しょっちゅうこうなんだよね〜」
「気にせんでええよ。そっ、そういうちょお抜けとる子、俺、す、好っきゃから…」

ちょお噛んでもうたけど、決まった…!
これで彼女も俺んこと意識し出すはずや…!

「そういえばまだ名前聞いてなかったよね?」

彼女に言われて気付いた。
せや!俺は何て初歩的なことを忘れとったんや!

「あっああ!せやな!俺、白石謙也いうねん!」
「…けんや…謙也?」

彼女は食べる手を止めて眉を寄せた。
俺何かアカンこと言うた?

「何か聞いたことある………あ!君亮ちゃんと同じクラス!?」

唐突に出たクラスメートの名前に驚く。
何や跡部家の息子と仲良う出来るようなお家柄のお嬢さんなんか?

「そ、うやけど…亮のこと知っとるん?」
「うん、勿論!俺亮ちゃんのお兄ちゃんだC!」



……………



…………… 
 
 
 
「あ、ジローこんなとこいたのかよぃ。飯食ったら俺と交代しろよな」
「ブン太くん!うん、分かったよ〜!」

フリーズする俺の前で、彼女…いや、跡部家の長男はガンダム(00)と楽しげに会話を交わしている。



「………先輩」
「なに〜?」
「…先輩が食った分は自分で払ってください」



俺の恋は終わった。



少し離れた席で親父と光がニヤニヤしながらビデオカメラを回していたことを知った俺は明日死のうと思う。



 


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