毒だろうが薬だろうが、人畜無害よりはずっといい。
馬鹿にされようが、笑われようが、仕事が来ればこっちのものだ。



「蔵之介さん、この後第4スタジオで対談で、その後は××テレビでバラエティ収録です。台本目通しといてください」
「おー」

マネージャーに手渡された台本をパラパラと捲る。
最近人気のバラエティ番組だ。今回俺は新しいドラマの番宣で出演するらしい。
この年になってバラエティのオファーも随分増えた。
本業はあくまで俳優だが、出られる番組には全て出たい。
白石蔵之介の名前を売るため。
6人の子供達を養うために金はいくらあったっていい。

「…はー…」

打ち合わせだとかでマネージャーがいなくなった楽屋でひとつ溜め息をつく。

…アカンアカン、ちょお疲れとるわ。
もう3日は家に帰れてないし、しゃーないわな…
今日は帰れるだろうか。
バラエティの収録の後は確かCMの撮影があったはずだ。望みは薄い。

楽屋に置かれていた弁当に手を伸ばす。
綺麗な彩りのそれは有名店のものであるらしく、確かに美味しい。だがあまり箸は進まない。

(…小春の作った飯食いたいなあ…)

小春とユウジは我が家の食事係だ。
二人は毎日、それはそれは器用に効率良く食事を作る。
健康に気をつけとる俺のために考慮されたメニュー。

(せやけど久しぶりにチーズリゾット食べたいわ。…あ、お好み焼きもええなぁ)

自慢じゃないが俺の作るお好み焼きもなかなかのものだ。
無駄のない完璧な味。
あの光でさえ喜んで食べるくらいなんやから。

(仕事終わりに材料買うて帰って久々に作ろかな)

きっと体はクタクタに疲れとるやろうけど、あんまり見れへん光の喜んだ顔見れるなら疲れなんか吹っ飛ぶって話や。

俺は目の前の綺麗な弁当を一気にかっ込んだ。
体力勝負なこの商売、飯残すなんて無駄なことせえへん。

「蔵之介さん、お願いしまーす」
「よっしゃ、行くでぇ!」

マネージャーに呼ばれて楽屋を出る俺は、日本人なら知らぬ者のいない「俳優・白石蔵之介」の顔や。



弱った顔なんか見せられへん。
白石蔵之介が培ってきたイメージは壊されへん。



対談の相手は今人気のアーティストだった。
確か謙也がファンや言うてたやつ。
俺はよう知らんけど、彼はデビュー曲でオリコン一位になって以来出す曲出す曲大ヒットしとるらしい。
今時の若者らしいファッションに身を包んだ彼は、よく見るととても幼い顔をしていた。

「なぁなぁ、後でサイン貰ってええ?息子が君のファンやねん」
「本当ですか?勿論ッス!良かったら来月発売のファーストアルバムも差し上げますよ」
「あ、ホンマ?きっと喜ぶわ」

対談の合間にサインを頼むと彼は快く承諾してくれた。

この土産を貰った時の謙也の顔を想像すると頬が綻ぶ。
元来感情が表に出やすい謙也のことだ、きっと満面の笑顔でお礼を言ってくれるに違いない。

対談終了後、サインの書かれた発売前のアルバムを手に、俺も気分は上々だ。



「次バラエティかぁ」
「はい。最近よく呼ばれますね」
「俺は空気の読めるエクスタシーやからな!しゃあないわ」
「………」

マネージャーの運転する車に乗り込んでの移動中、俺はさっきの台本をまた確認する。

「…あんまり笑い取らなくていいんですからね」
「何でやねん!バラエティ見る視聴者はこの白石蔵之介のおもろい姿が見たいんやろ!」
「黙ってればいい男なんですからボケずに大人しくしてください」
「関西人にボケるなは死刑宣告や…」

このマネージャーは俺がバラエティに出るたびに同じことを言う。
たぶんマネージャーの言うことを聞く日は永遠に来ない。



バラエティは限定の激レアグッズの特集だった。
中にはトトロのグッズもあったりして、当然俺の脳裏には長男の顔が浮かぶ。

程よくボケたり突っ込まれたりしてると、ライトの当たらないセットの外でマネージャーの顔がひきつっていた。

「白石さん、これ、要ります?」

収録が終わってスタジオを出ようとしていた俺にスタッフが差し出したのは、例の激レアのトトロのストラップだった。

「え、嘘。ええの?」
「白石さんめっちゃ欲しそうだったじゃないですか」
「うん、嬉しい」

これ千里にやったら1ヶ月は言うこと聞いてもらえる。
くれるというものは素直に受け取ることにして(関西人やからな!)俺はほくそ笑んだ。
千里、喜んでくれるとええな。



…結局、その後のCM撮影が終わったのはもう日付もとっくに変わって、朝日が昇ろうという頃だった。
4日ぶりに自宅に帰れそうだ。
帰りの車の中、自然と緊張が解ける。

「…あー、せや、途中24時間営業のスーパーあったやろ。そこまででええよ」
「何か入り用ですか?」
「プライベートな入り用や」

マネージャーは頷いて、スーパーの前で俺を下ろして朝日の中車を走らせて帰って行った。
車を見送ってスーパーに入り、俺はキャベツやら豚肉やらを見繕う。
今日は日曜やから、きっと全員家にいる。
全員集めて飯食って、子供らの近況を聞こう。
子供らの近況を聞くことが最近の俺の一番の楽しみだ。

休みさえあれば女の所に転がり込んでいた頃を思えば随分な変化だ。
お好み焼き用の粉を選びながら、俺はちょっと笑った。






「ただいまー…っと」

家に着き時計を見るとまだ7時前。早起きの親父はともかく子供らはまだ夢の中だろう。
疲れた体は睡眠を欲しているが、まだ寝たくない。
目を擦りながら買ってきたものを冷蔵庫に仕舞っていると、台所の入り口から親父が入ってきた。

「蔵、帰ったんか。久しぶりやな」
「おん、ただいま」
「おかえり。買い物やなんて珍しいやないか」
「今日は久々に俺が飯作るでぇ」
「どうせお好み焼きやろ。お前それしか作れへんからなあ」

あれだけパーフェクトなお好み焼きが作れるなら他の飯なんか作れんでも問題ないわ。
親父は少し呆れたように笑う。

「まさか朝から作る気やないやろな」
「そのまさかやで」
「…寝起きにはキツいわ」
「俺は寝とらんから関係ないわ」

なら寝や、と言う親父の言葉は聞き流す。

そうこうしてるうちに子供らも目を覚まして次々に一階に降りてきた。

「あらっ、お父ちゃんやないの!久しぶりやねぇ」
「小春昨夜も親父のテレビ見てたやん。久しぶりな気ぃせんわ」

俺の肩に寄り掛かる小春と、それを引き離そうとするユウジ。

「あれ、まだ生きとったとや。過労で死んだかと思ったばい」
「千里、口の利き方に気ィつけなさい。お土産あげへんよ」

貰ったばかりのトトロのストラップをちらつかせれば一気に目を輝かす千里。

「…朝からお好み焼き…有り得へんッスわ…」

低血圧で朝はとにかく機嫌の悪い光は辺り構わず毒づく。

「親父のお好み焼き美味いけど、朝からはなぁ…」
「謙也くん、これなーんだ」
「?………っあー!!!これ来月出るアルバム!?」 
「謙也くんうっさい」

土産のCDを手渡した途端大声を出して光に殴られる謙也。

「あー!父ちゃんや!お好み焼き!?よっしゃあー!食いまくるでぇー!」
「金ちゃん、良かったばいねぇ。俺の分も食べてよかよ」

朝からデカい声ではしゃぐ金太郎。

ああ、ホンマ口悪くて、俺を労る言葉なんていっこも出ぇへん俺の家族!
何て癒されへんねん、この家は!

「土産は千里兄と謙也くんだけすか。しゃあないから明日は俺にロイヤルオーダーのピアスでええですよ」
「…めっちゃ高いっちゅー話や…」
「謙也、気にせんでよか。この人めっちゃ稼いどるけんね。散々使わせちゃればよかよ」

好き勝手なこと言いよる連中を前に、手は作り慣れたお好み焼きの手順を完璧にこなす。

「あー、お前らホンマ感じ悪い!もっと俺に優しくせえや!」
「優しくしたら付け上がるやろ」
「調子乗りなとこもお父ちゃんのええとこよ」
「なぁー父ちゃん!お好み焼きまだあ?はよしてやぁ!ワイ腹ペコやねん!」



悪態つきながらも、さっきまでの疲れも眠気も「俳優・白石蔵之介」も、体から剥がれ落ちていくのを感じる。

全然癒されへん、全然優しくない。



せやけどこの毒を食らって俺は明日もでっかい華咲かせんねん!



 


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