家に帰ったら、玄関で親父がぶっ倒れとった。



「……………」

とりあえず呼吸を確認する。
生きてはおるみたいやったから、俺は親父をそのままに部屋へ上がった。

階段をとんとんと上る足音で気付いたんか、部屋から光が顔を覗かせた。

「ユウジさん、おかえりなさい」
「おう」
「今日小春さん一緒やないんスか」

光の言葉に俺は顔を顰めた。



実は今日、小春は手塚貞治と一緒に図書館に行っている。
どうやらクラスで班に分かれて調べる課題が出とるらしい。
それは数日前俺のクラスでも出た課題やから知っとった。
(ちなみに俺は幸村蓮二と同じ班や)
で、今日は一緒に図書館行くからさっさと帰れ、と言われてしまったわけだ。

勿論俺としては小春が手塚なんかと一緒におるなんて許せへん。
だから図書館までは付いて行った。
だけどあっさり小春に「ユウくん、邪魔や」なんて冷たく言われたら引くしかあらへん。

俺は落ち込みつつも家路を辿るしかなかった。
だがただで帰るのは癪だし悔しかったので蓮二にメールを送っておいた。
「手塚が小春と図書館で逢引しとるで」と。
きっと今頃は図書館に着いた蓮二が手塚に向けて開眼してる頃であろう。
それを思うと少し溜飲が下がる。



が、それを差し引いても小春に邪険に扱われた今の俺は機嫌が悪い。

「小春ならまだ帰って来んで。何や小春に用か」

光に睨みを効かせる。
そんなもの光には通用しないのは分かってはいたが。

案の定俺の睨みもさらりと受け流して、光はちょっと首を傾げた。

「いや、玄関に親父倒れとったでしょ」
「ああ、せやな」
「あれどうにかしてほしいんスわ。邪魔でかなわんし」

どうやら光が帰って来た時にも親父はあのままぶっ倒れていたらしい。
そして俺と同じようにとりあえず呼吸を確認して、放置したんだとか。
母親は違ってもさすがに兄弟やんな、と感心した。

「小春さんやったら親父ほっとかんでしょ」
「せやなぁ」

でも小春はしばらくは帰ってこないだろう。
そうなると親父はあのまま玄関で幅を利かせることになる。

「ちょっとユウジさん、親父部屋まで運んでくださいよ」
「面倒やし小春おらんし嫌や」
「金太郎帰って来たらうっさいですよ」
「………それはそれで面倒やな」

仕方なく、部屋に鞄を置いて光と一緒に玄関に様子を見に行くことにした。



「つーかこの親父、何でこんなところで倒れとるん?」
「さぁ…酔っ払ってんじゃないスか」

相変わらずさっきと同じ姿勢で倒れとる親父を、光と並んで見下ろす。

「親父ザルやん。倒れるとかどんだけ飲んどんねん」
「ええから部屋に運んでくださいよ」
「何で俺が。光も手伝えや」
「嫌っスよ、重いのに…俺おぼっちゃんやから箸より重いもん持てへんわぁ」
「ほう、奇遇やなぁ、俺もお前と同じように育ったおぼっちゃんやで」

枕元でこれだけ掛け合いをやってるのに親父はピクリとも動かない。

「そういや今日じーちゃんは?」
「他の道場で練習試合?みたいなんやるみたいで留守っスわ」

いつもなら文句なしに親父の世話焼いてくれるじーちゃんがおらんとなると、結構痛い。



腕を組んでどうにか楽に親父を運べないものか考えていたら、玄関の扉が開いた。

「ただいまーっ!」

玄関の向こうから元気よく顔を出したのは、金太郎。

……………



「あっ、せや」
「え?」
「千里に電話したらええんやん。千里やったら親父運ぶのも楽なモンやろ」

金太郎を見て芋づる式に千里のことを思い出した俺は早速ポケットの携帯を引っ張り出した。

「えっ!ていうか父ちゃんどうしたん!?」
「金太郎、ちょい黙っとき」
「父ちゃん寝とるん!?こんなところで寝とったら風邪引くで!」
「金太郎、煩い」

視界の隅で金太郎に思いっきり拳を降らせている光を見つつ、俺は千里の電話番号を呼び出し通話ボタンを押した。

……………

数回の呼び出し音の後、千里はいつも通りの暢気な声で電話に出た。

「もしも〜し。どうしたと?」
「ああ、千里?何やちょっと一大事なんやけどー…」
「一大事!?金ちゃんに何かあったとね!」
「いや、金太郎てか…」
「事故か!?病気か!?はっ…まさか誘拐ね!?親父が有名なばっかりに!?身代金の要求はいくらね!?」
「あの…」
「1億か!?今から銀行襲撃して調達してくるからちょっと待ってろ!ブチョー!早退します!」
「話聞けや!」

ほっとけば本当に銀行襲撃くらいしてのけそうな千里を大声を出して止める。
仮にも白石蔵之介の身内から銀行強盗犯を出すわけにはいかない。

「金太郎やないって言うとるやろが!」

俺のその言葉にやっと千里は我を取り戻したのか、おとなしくなった。

「何ね、金ちゃん絡みのことじゃなかと?それじゃー一大事じゃなかったい」
「………まぁ、俺の言い方が悪かったことは認めるわ…」

千里のリアクションを見ていると、大阪人の本分を忘れてしまう。
というか、突っ込みが追いつかない。
いちいちボケを拾ってやるのも面倒なので俺は仕方なく認めた。

「で、どうしたと?」
「親父が玄関で倒れとんねん。息はしとるみたいなんやけどー」
「何ね、そんなんほっとけばよか」
「え…仮にも親父やで?」
「死んだらその時ばい。散々遊んだバチが当たったんじゃなかと?」

金太郎の時とは裏腹に至極冷静な千里。
かつては不仲だった親子は、表面上は仲良くなったかのように見えたが実はその根はまだ改善されていないらしい。

「まぁ、死んだらそれが寿命ってことたい」
「はよ帰ってきて運んでほしいんやけど」
「嫌ばい。俺の手を煩わせていいのは金ちゃんだけったい」

そう言うと千里はあっさりと通話を終えた。
俺の言い分などほとんど聞いてくれていなかった。

「千里さん、帰って来るって?」
「………」
「…まぁ、そんなこったろうと思ったっスわ…」

無言の俺を察した光が面倒臭そうにため息をついた。

「なーなー、父ちゃんー!」

親父の背中には金太郎が跨って、思い切り揺すぶっている。

「金太郎、やめぇ。そんなんしたら親父吐いてまうで。玄関掃除すんの面倒やろ」

光はいまだに親父が酔っ払って潰れていると信じているようだ。



「なぁなぁ、光ー…父ちゃん、めっちゃ熱いで?」
「アルコールは体温を上昇させるんや」

金太郎の言葉に、俺は親父の頭の近くに屈んだ。

「ユウジさん、近寄ったら吐かれますよ」
「光、もう酔っ払いはええ」

親父の額に触れる。
尋常じゃなく熱い。
呼吸もさっきより心なしか荒くなっているように見えた。

「……………」
「………ユウジさん?」
「あかんわ、光。親父めっちゃ熱ある」
「嘘」

光も親父の額に触れて、すぐその手を引っ込めた。
思った以上に熱かったんだろう。



さぁどうする。

じーちゃんはいない。
小春もいない。
千里は役に立たない。

今いるのは無関心光とうるさいだけの金太郎。



……………


俺は仕方なく、上に乗った金太郎をどかして親父の腕を自分の肩に回して担ぎ上げた。

「…ユウジさん、どうすんスか」

光もやっと事の重大さを理解したのか、少しいつもより焦っているように見えた。

「光、薬探して。冷えピタもどっかあるやろ」
「嫌です」
「え、どうしたん!?冷えピタって風邪ん時貼るやつやろ!?父ちゃん風邪なん!?」
「金太郎はとりあえず大人しくしとけ。光、頼んだで」
「だから嫌ですて」

俺は俺より図体のでかい親父を引きずるようにして、とりあえずベッドに運んだ。
意識があるのかないのか、とにかく目を瞑った親父の頬はいつもより赤かった。



「親父ー」

布団をかけて声をかけると、親父はやっと薄く目を開けた。

「………お前ら…覚えとけよ………」

それだけ言って、親父はまた目を瞑った。



………なるほど、どうやらぶっ倒れていた間も意識はあったようや。



それでも悪態もつけず、動けないほど具合が悪かったとは。
さすがに少し申し訳ない気持ちになってしまう。

体調が戻った時に怒られるのは嫌なので、治ったらまずさっきの電話での千里の様子を教えようと思った。
怒りの矛先が千里に向かうのを祈るしかない。



すっかり眠ってしまったらしい親父を置いて光達がいるはずの居間に向かう。

光と金太郎はPS3をやっていた。

「…光、薬探せ言うたやろ」
「まだやってないソフトがあったから…ていうか嫌や言うたでしょ」
「光ー、終わったら変わってやぁ!」

こいつらには親父を気遣う気持ちがないのか。

…というか、金太郎は恐らくオロオロと光について回っていたのに、光につられてゲームを見てるうちに忘れてしまったんだろう。

今もベッドの上で息も荒く熱と戦っている親父が可哀想になった。



役に立たない光と金太郎はもう放っておくことにする。
薬を探すついでに水を用意しようと台所に向かったら、台所のテーブルに薬と冷えピタと水が用意されていた。
ご丁寧にみかんまで添えられてひとつのお盆に載っている。

「……………」

台所の入り口から光の様子を見てみると、ゲームを金太郎に明け渡してこっちを見ていた。

俺と目が合うと慌てて逸らされたが。



「…光、おおきに」
「…みかんは金太郎スわ」

まったく、薬ひとつ用意するんにも素直になれんのかい。

俺はため息をついてお盆を持って親父の寝室に向かった。
光と金太郎の心配する気持ちもお盆に載せて。



……………



……………



「…ていうか…何で俺に電話せぇへんかったん…?」

親父が薬を飲んでよく寝てみかん食って多少落ち着いた頃、帰って来た謙也は事の次第を聞いてまずそう言った。

「…そういえば、謙也のこと忘れとったわ」
「酷っ!」
「謙也君おっても役立たんかったやろうしね」

俺と光の言葉の暴力に、謙也は膝を抱えて蹲った。

「俺やったら玄関にぶっ倒れてる親父を長時間放置したりせんかったのに…」

とか何とか、ブツブツ言っとる。

「ああ、謙也は優しい子やなぁ。それに比べてこいつらは…」

すっかり起き上がれるまでになった親父までやってきて、謙也に便乗して文句を言い出した。

「ぶっ倒れてる俺の頭ん上で面倒臭いとかそんな話ばっかしてんねんで。酷い話やぁ…」
「治ったんやからええやないですか」
「せや、面倒見たっただけありがたいと思え」

帰ってきたじーちゃんと小春と千里もすっかり元気になった親父見ていつも通り笑っとった。

「蔵の風邪は小さい時からいきなりピークの状態で始まってあっという間に終わるからなぁ」
「当たり前や!俺は風邪かて最初から絶頂やっちゅーねん!」

「でも元気になってくれてよかったわぁ。お父ちゃんに何かあったらうち耐えられんわぁ」
「全く、ユウジも最初に謙也か小春に連絡したらよかったんや」
「そうよぉ、ユウくん、何で電話しなかったの!お父ちゃんの一大事ならすぐ飛んでったのに!」
「そ、そんな…小春ぅ〜…うちが風邪引いた時は超冷たかったやんかぁぁぁ」

「それよか千里、お前電話で結構な態度やったみたいやないか」
「何ね?父さんが元気になってくれて千里は何より嬉しかよ。当たり前ったい」
「白々しいこと言うな!」



親父には分からんのか。
見てへんからな。仕方ない。

親父に熱あるって分かった時の光と金太郎の不安そうな顔ったらなかったで。
まったく、光は気持ちより先に口が動いてまうようなやつやから言葉と表情のギャップがおもろいったらないわ。

…喜ばすだけやし、光が怒るやろうから言わんけど。



 

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