何故か俺には関係ない知念家に呼ばれた。
俺をここに呼んだのはうちの弟、光や。
家で消しゴム整理しとったらいきなり携帯鳴らしてきよってからに、何かと思えばすぐ来いやと。
ホンマ兄貴を兄貴とも思っとらんわ、コイツ。
せやけど俺知念先生んちなんか知らんやん。初等部の先生なんて顔も数回しか見てへんからよう知らんし。
なのに光は強引に家から知念家までの道のりを説明して「絶対来んと消しゴム捨てますよ」とか言いよった。
俺は仕方なく家を出た。
そして着いてみればいつにも増してぶすくれた光。
と、何やご機嫌な光のダチの…亮の弟とかいうのがおった。
亮の弟の若君とかいうんは知念先生にベッタリくっついて何や盛り上がっとる。
光はそこの輪に入れんみたいで一人でテーブルに肘ついとった。
ここんちの本来の子供達は皆おらんらしい。
何やねん、ダチの留守中に上がりこむクラスメイトって…光やないけど、うざいやろ…
「…で、光君?俺は何で呼ばれてん」
とりあえず知念先生の奥さんとかいうんがお茶出してくれたから飲んでみる。
めちゃくちゃ苦かった。吹きそうになるのを必死で堪える。
「それ、ゴーヤ茶らしいッスよ」
「ああ、そうなん…ってそんなん聞いてへんわ」
一口飲んで湯飲みはテーブルに置いた。
二口目も口に含む勇気はあらへん。
「…何やあいつ、ウザいんスわ…」
「あいつって?…若君?」
溜め息をつきながら言う光に尋ねると、光は若君の方をちらりと見てから眉を顰めた。
「はーん…お前知念先生んこと好きなんやもんな!仲いいからヤキモチ妬いとんのやろ!」
光を肘で小突くと嫌そうに睨まれた。
どうやらこの答えは光にとって相当気に入らないものだったらしい。
「…当たらずしも遠からずっつーか…まぁ謙也君にしたら上等な答えッスね」
「何やねん、可愛ないな」
まぁ俺も今更光に可愛げなんて求めちゃいないから気にしないが。
「知念先生、それでですね、ここの夏祭りなら花火大会があるんですよ」
「…やしがここじゃちょっと遠いさぁ…」
「先生、免許持ってますか?」
「ああ、もう随分運転してないやしが…沖縄で取ってからほとんど乗ってないんばぁよ」
「免許持ってるならうちの車出しますよ!先生が運転してください!」
「…跡部んちの車って高級車ばっかりやさぁ…あんなん運転して事故ったらと思うと出来んし…」
「大丈夫ですよ、一台くらい大破したって!」
「そういう問題じゃ…っていうか事故ること前提なんばぁ?」
光がむっつりと黙り込んでしまったので俺は少し離れたところではしゃいでる若君と知念先生の会話に耳を澄ます。
……………
「…光、あの二人祭りに行くらしいで」
「知っとるわアホ。一日中あの話しとるっつーの」
俺の方を見もせずに光は毒づく。
部屋の入り口のところでは壁にもたれて腕を組んで、神経質そうに足を揺らしながら先生の奥さんが二人を見ている。
その表情もあまり穏やかとは言いがたい。
「何や皆で行くんちゃうの?」
「ハァ?若がお邪魔虫連れてくわけないやん」
「はぁ…つーかお前何でそんな機嫌悪いん…」
あからさまに機嫌が悪くなり、口調も何だかいつもと違う光に俺は少なからず戸惑う。
心なしか平静を失っているようだ。
いつもは何があっても我関せずって感じなのに。
そんなに知念先生を若君に取られてんのが嫌なんかな?
「…つーかせやったら何でお前ここにおるん。お前行かへんのやったらいる意味ないやろ」
「うっさいわ!」
俺は言ってはいけないことを言ってしまったらしい。
光は俺の顎に下から裏拳を入れた。
痛みに蹲ってもフォローどころか心配の言葉もかからない。
「…まぁ車はええんやしが…わん左ハンドルなんて無理さぁ」
「じゃあ右ハンドルの国産車を用意しておきます」
「…まさかとは思うけど祭りのために用意するんじゃないよな…?」
「え?そうですけど?」
「………跡部、もう電車で行けばいいやさぁ…」
「そうですか?まぁ…知念先生がそれでいいならいいですけど」
俺が裏拳を入れられたり、光の機嫌が最悪だったり、知念先生の奥さんの貧乏揺すりが早くなったり、
色々なことが起きていたんだが知念先生と若君は全く気にせず会話を続けている。
「…謙也君」
「なんや」
「ちょおあの二人邪魔してきてくださいよ」
「…先謝れや」
「死にたくなければ早よ邪魔してきや」
自分でしたらええやんけ…とは言えなかった。
光の目が思いっきりマジだったから。邪魔するも何も共通点のない人達相手に何をしろというのだ。
しかしとりあえず光が怖いので知念先生達に近づくことにした。
「…あのー…知念先生…?」
「ん?」
「…え?」
声をかけたら知念先生と若君が同時に振り返る。
若君は露骨に嫌そうな顔をしてきた。
何つーか…光もやけど若君も年上を年上と思わないタイプなんやな…
邪魔すんなオーラを思いきり出されて少し怯んだが、後ろから更に光の追い討ちのような鋭い視線を感じて仕方なく話を続けた。
「あー…その…何つーか…祭り行くん?」
強引に話に入り込んだら知念先生は特に不審に思わなかったみたいで頷いてくれた。
「ああ、跡部が誕生日に浴衣くれたんさぁ。それのお礼で行くんばぁよ」
「へぇ〜、そうなんやぁ!ええなぁ、祭り!二人で行くん?」
「あ、うん…跡部とは二人で行くって約束やさぁ…お礼も兼ねてるから今回は二人で行くんどー」
「せやったら今度うちの光とも一緒に祭り行ったってくださいよ、先生」
「「「ハァ?」」」
入り口付近の奥さんと、若君と背後の光の声がハモった。
だって光は知念先生と一緒に祭りに行けんから拗ねとんねやろ?
この話の持っていき方は我ながらかなり秀逸やったと思うんやけど…
奥さんと若君はともかく何で光までそんな反応!?
オロオロしながら光を振り返ると光はあからさまに呆れた顔しとる。
俺は知っとるで…あの顔は「このアホ何言い出すねん」って顔や…!
光にそんな顔される謂れのない俺は首を傾げた。
「えー白石もこっち越してきてから祭り初めてかやー?だったら一緒に行こうさぁ」
「知念先生ッ!?」
「…もちろん跡部とは別の日になるけど…改めてみんなで行けばいいやさぁ。祭りはひとつじゃないんだし…」
知念先生は話が分かる。
ニコニコしながら「白石もこっちおいで」何て言うてる。
いい先生やんか。光が気に入るわけや。
なのに光は複雑そうな顔で固まっとる。
今度は若君がさっきの光みたいに不機嫌オーラ出し始めた。
何やもう!めんどくさい子らや!
何で俺めんどくさい子ら担当みたいになっとるん?
光は渋々といった感じで近づいてきた。
知念先生好きなんちゃうの?
何でそんな嬉しくなさそうなん?
俺は全く意味が分からずにただ光をぼーっと見つめるしかなかった。
「白石と行く時は跡部も行くあんに?」
「…当然です。邪魔がいても知念先生といられるなら行きます」
「慧君と凛と裕次郎と…永四郎はちゃーするんばぁ?」
「………行きますよ」
奥さんも不機嫌そうに言う。
何つーか…もう今のこの状況が全て俺には分からん。
たぶん知念先生も分かっとらんのやろうけど、知念先生は鈍いんか知らんけどとにかく平然としとる。
若君との間に広げられとる夏祭りのパンフレットみたいなんを捲りつつ皆で行ける祭りを物色している。
「白石の兄ちゃんも行くんばぁ?」
「はっ!?えっと…」
ちらりと光を見ると邪魔すんな、という顔をしていた。
「…俺は遠慮しときますわ」
「そうかやー」
若君がぐいっと知念先生の袖を引いた。
「知念先生!皆で行くならこの祭りにしましょう!」
「おー近いしいいなー」
「花火ないけど…皆で家庭用の花火買ってきてやりませんか!?」
「それいいあんに!跡部いいこと言うさぁ」
知念先生の嬉しそうな声に若君もさっきの不機嫌はどこへやら笑顔になった。
「花火…」
「白石も花火好きかやー?」
「…まぁ別に嫌いやないッスわ」
「別にお前はさっさと帰ってもいいんだぞ」
「何でやねん、俺かて花火やるわ!」
その後は皆和やか(?)な風に祭りの話が盛り上がっていた。
俺だけちょっと離れたところで見てたんやけどな。
しかし…端から見てると若君と知念先生って仲ええやんなぁ…
いっつも知念先生が動くたんびに若君も動いとる。
知念先生もそんな若君を分かってるんか常に横に若君がおれるスペース残して動いとるし…
知念先生がキッチンに飲み物取りに行ったら若君もついていく。
まるで雛鳥やな。何か微笑ましい光景や。
しかしそのたびに光と奥さんが鋭い視線を投げかけているのが怖い。
まぁ俺にでもわかるくらい親密そうなんやから、光や奥さんが分からんはずもないか。
知念先生モッテモテやな。羨まし………くはないわ…
そんな感じでしばらく経った頃…
「………あ…」
「ん?ちゃーした跡部」
「目、痛い…」
若君が片目を押さえて俯いた。
「ゴミでも入ったかやー?」
「ん…そうみたいです…」
「どれ、見してみ」
知念先生が若君の目を見るために近づく。
若君の頬に手を添えて目を覗き込むと、二人の顔は随分近い距離になった。
若君の顔は一気に赤くなった…けど、知念先生は特に気にしてないようだ。
「目薬さしてやるさー」
知念先生は部屋の棚にあった救急箱から目薬を取り出して、またさっきと同じ体制に戻…
………ろうとした。
だけどその瞬間奥さんと光が凄い速さで動いた。
「……………」
「………ん?」
奥さんが知念先生の腰を引っ張って、光が若君の肩を引っ張る。
必然的に二人の体は離れた。
「永四郎?ちゃーした?」
「チッ…何だ、光」
知念先生は本気できょとんとしているが、若君は思いっきり光を睨んどる。
「目薬なんか俺がさしたるわ」
「はぁ…?」
光は思いっきり知念先生から目薬をひったくった。
とても自分の好きな先生にする態度やない。
目薬の蓋を開けてさっきの知念先生みたいに若君の頬に手を添える。
その顔がほんのちょっと緊張しとるみたいに見えて、俺は今日の光の不機嫌の本当の理由を察した。
「永四郎?」
「な、何でもないです…」
「わっさん、今日あんまり永四郎の相手してやれんかったから怒ってるんばぁ?」
「そっ!そんな子供っぽいこと…!」
「ん。わっさいびん」
ちら、と知念先生の方を見ると知念先生が奥さんの頭を撫でているところやった。
そして光は相変わらず緊張した面持ちで若君の頬に触っている。
あまりに至近距離に顔があるからか、若君は気まずそうに少しだけ目線を逸らした。
その若君の顔も少し緊張して見えるのは気のせいなんやろか…
「チッ…さすなら早くやれよ」
「うっさい…待てや。お前目ぇつぶんなや」
「つぶらないから早くしろ」
……………
………で、俺は何で今日呼ばれたんや?
俺に出来ることはこの場のそこはかとなく甘い雰囲気を壊さないように静かに知念家を後にすることだけやった。
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